中国人老師の小学校遠足に度肝抜かれた話

ニーハオ、ニホンコンです。
秋の遠足のシーズン、皆さんは幼少期どこへ行きましたか?
ちなみに私はさしたる記憶もないのですが、我が家の子どもたちは
何かにつけて行き先がえのすい(江の島水族館)になることが多く、
その度に「げー、またえのすいー」とぼやく。

田舎育ちの私は「湘南だよ!江の島だよ!黙ってお行き!」と思っている今日この頃。

私が一番印象に残っているのは、自分ではなく、中国人の先生(以下S先生)
の遠足話。これがまた、想像のナナメ上を行くものだったので、日本の中で見つけた
中華写真と共にお送りします。

中華街の照宝、楽しい

以前一緒にご飯を食べている時、遠足の話になり。私が「中国でも
遠足ってあるんですか?」と聞くと。

「ありますよ」と。ちなみにS先生、現在50代。ということは
1960年代後半~70年代くらいに小学生だったかと。

決して現代ではなく「当時の中国」であること。そして当時のアルアル話でも
なく、「S先生のエピソード」と思って読んでください。

「小学校の時、学校にプールが無かったので、先生が皆を泳がせたいといって
遠足を企画したんです」

ハイハイ、ここまではフツーの話。

「だから少し遠くのプールがあるところに皆で行って泳ぐことになったんです」

それはいい遠足。バスとかで行ったのかな?と聞いたら

「いえ、トラックの荷台に全員乗って、ガタガタの山道を行ったんです」

あれ?何か想像してた遠足から離れてきたぞ

「それで、現地に到着してプールに入ったんですが、そのプールに大きな
ガラスの破片が沢山入っていて何人もケガをしたんです」

え?ちょっと待って・・

「私も腕を切って血だらけになっていたんですが、近くに病院はないので
学校に戻ることになったんです。当時破傷風とか流行っていたので、
怖いですからね」

って、破傷風はもちろん心配だけれど、そもそも何故プールにガラスの破片!

話は続く。

香港の大好きな麺粥屋さん、日本橋にあります

「そしたら雨も降ってきてすごい気温が下がってきたんです。
ザアザアの雨で、もう寒くて寒くてみんな唇が真っ青になりながら(大丈夫?!)
私は腕が血だらけで(まだ血だらけなの?!)またトラックの荷台に乗って
(帰りもトラックかよ!)全員で体を寄せあいながら学校まで帰ったんです」

これ、遠足の域を超えて、サバイバルな領域、極限状態になってないか?

「当時携帯電話なんてもちろんないですし、電話とかもなかなか連絡が取れない中、
親とかは心配しながら学校に集まったりしていて。私は到着後すぐに病院に行ったんです」

いやそりゃ、親御さんとか心配だろうよ。ってかザアザアの雨の中帰ってきたと
思ったら全員凍えてるわ、娘の腕から血出てるわ、って!

結果、全員無事だったそうだけれど、これかなり危険だったと想像する。

でもS先生は涼しい顔して話を続ける。

「私は小学生の頃からずっと日記をつけているので、当時のことを結構詳しく
書いていたんです。当時のクラスメートのグループチャットにこのエピソード
を送ったら、みんな結構忘れていて、よくそんなことまで覚えてるね!って
言われたんです」

っつーか、こんなキョーレツな遠足、クラスメイトも忘れるなっちゅーの!!

しかも、S先生も「動物園行ったよ♡」くらいのノリでさらっと話すもんだから
びっくりした!

いやー、秋の遠足話聞くつもりが、こんなホラーみたいな話聞くとは思わなんだ。

余談ですがS先生、本当に日本語が上手。今でもテレビで知らない単語が出てきたら
メモして辞書をひくのを日課にしているほどの勉強家。

「直近で出てきた知らない単語ってなんですか?」と聞くと

「ノブレス・オブリージュです」と。

いやそれ、「高い社会的地位には義務が伴う」の意味のフランス語ーー!!
しかも日本人同士の会話でもなかなか使わないー!

こんなナナメ上の話、私だけ知ってるのが勿体なさ過ぎてシェア。

10月10日 ニホンコン

糖朝のマンゴープリンはおいしい、けど香港で食べるともっと美味しい

ニホンコン

(毎週火曜日更新)
北京と香港に住んでました。今は湘南に住みながら中国語や異文化の先生をしています。ちなみに3人娘のおかあさん。

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ゴビ砂漠を走るレース「GOBI MARCH」で、隔週水曜担当の若岡くんが優勝しました。世界チャンピオンおめでとう!苦しくも楽しそうな様子がページから見れます。