親にも休暇を~ワタシ編~

保育園時代の運動会のメダル、親手作りルールでした

ニーハオ、ニホンコンです。

先週木曜のアイルランドだより「親にも休暇を」の日本編、
というか自分編です。

私は子どもを身ごもった瞬間に「意地でも働く」と固く誓ったのを
よく覚えています。

当時、まだ講師業駆け出しだったこともあり、もう成長欲と焦燥感とが
ないまぜになって、こんなところでキャリアを止めたら自分終わる!くらいに
思っていました。

今振り返れば、終わるワケないし、必死のパッチすぎて笑えるのだけど。

そして、妊娠中にイメージしていた親は

「寝れない・座れない・休めない」の三拍子。

母業のこれを想像した時に、じゃあこの3つができるライフスタイルは何か
と考えた時

「やっぱ働くが一番だな」と迷わずワーキングマザーの道へ進みました。

こんなのばっかり。ぐちゃぐちゃの机と、焦げたパンケーキ?が大変さを物語ってます

働くことはリフレッシュだと完全に思っていた私。

そして、子育てで一番忙しいであろう幼児期に、一番忙しく働いていました。

1号は8カ月、2号は6か月で保育園に。3号の時は1か月で家で仕事を再開。さすがに最後は
寄る年波と産後1か月という時期で、「目ェチカチカする~!」と言いながらPCに
向かっていました。

まるでそれは、子育ての大変さを仕事で癒し、仕事の大変を子育てで癒すという
血で血を洗う、いや大変を大変でカバーする荒業でした。もうエネルギー消費しまくりの大放出。

もう自分の時間が欲しくて欲しくて忙しく仕事をすることがホッと息抜きだったような。
たぶん息継げてないんだけど(笑)

でもそんな息できなくても気力て「私呼吸してるし!」って念じて毛穴から息吸ってたみたいな。
間違いなく吸えてないんだけど。

全然オススメできませんが、私にはこの方法しかありませんでした。アホでしょ。

掃除しても掃除してもエンドレスに散らかる部屋、子育てあるある

ある日のスケジュール。

朝はバタバタと支度して、小学生を見送って保育園児を小脇に抱えて車に乗せて送る。
一旦帰宅して自転車に乗り換えて猛スピードで駅まで向かい、都内にGO。

夕方都内で仕事を終えて、ロマンスカー(特急)に飛び乗って、車内でテストの採点作業して、
終点の我が家最寄り駅に着いたらそこから自転車猛スピードで帰宅し、車に乗り換えて保育園に
迎えに行き、18時45分に学童保育でひとり、19時の延長保育ギリギリに滑り込む。

そこからご飯とお風呂と寝かしつけと・・でも寝かしつけしながらTOEIC問題集解いてた、当時。

何か1ミリでも成長していないと恐怖だった日々、何に追われてたのか不明だけど、
頑張ってること、何かやってることで自分は立ち止まってない!と思いたかったのかも。

新幹線に乗って帰省するのもひと苦労。あ、これは1号が苦労してんのか

子育ては国によっても全然違います。

中華圏で言うならば、中国では「おじいちゃんおばあちゃん」が孫の世話をするのが当たり前。
共働きの両親を助けるべく、幼稚園や学校の送り迎えは全てジジババ担当。

香港で言うならば、アマさんと呼ばれるお手伝いさんがサポートするのが当たり前。
1号を生んだ時に「なんで一人で子育てするの?!アマさんだったら住み込みで3500香港ドルだよ!」
(約6万くらい)と言われ、「あのね、日本のお手伝いさん文化ってのはドラマで見るお金持ちの
お宅にしか存在しなくて・・」回答したら「何それ?」とシラケた回答が来た記憶が。

日本は、両親が近くに住んでいたらサポートがある、なければ自力。
ワタシは思いっきり後者。

子どもたちがまだピヨピヨだった時には、あまりの大変さに毎晩
「ジャックと豆の木みたいに明日朝起きたらぐーんと大きくなってますよに」
とありもしないことをお願いしていました。

豆まき、なんで3号泣いてんだろか?思い出って忘れちゃうものです

現在は中学生小学生小学生という構成。

さあ、フルスロットルで働けるじゃん!と思いきや、ここにきてガス欠状態。
そりゃそーだ、トップスピードで走り続けすぎたようです。

山ほど熱も出たし、帯状疱疹も出たし、急に倒れて入院もした。

たぶん、あれだ。「自分の体を差し出して燃料に変えながら動く機関車のごとし」。
地獄絵図でしょ、もはやホラーの域。

時間というものが欲しくて、振り返るとミリ単位程度の成長のために、
削った身と痛めつけた内臓はなかなかものでした。

あの頃のような無理がきかない年齢。今は子育ても仕事も、階段の
踊り場みたいなところにおります。

あれだけ大事だと思った自分の仕事、キャリアは焦らずとも力はつけられることも
分かったし、今はZoomもメールもLINEもあり、どこに居ても仕事ができるいい時代になった。

もう昔みたいに追い込むように動き回る自分はおらず、ちょうどよい塩梅で暮らせています。

子育てはいつか終わりがくる。そしてワタシの場合、それはもう遠くないのが分かります。

床に散らばった折り紙やプリントを片付けるのも、習い事のお迎えの中でお喋りするのも、
一緒に入るお布団ので誰々の足が当たって冷たいよぅと騒ぐのもあと少し。

そんな自分と子どもたちの様子を、ちゃんと目に焼き付けておこうと思っています。

なーんてことを、ここで書いておかないと、また自分がこまねずみみたいにアチコチ忙しく
しそうなので、自戒も込めて記しておくとします。

11月16日 ニホンコン

ニホンコン

(毎週火曜日更新)
北京と香港に住んでました。今は湘南に住みながら中国語や異文化の先生をしています。ちなみに3人娘のおかあさん。