美味しいものとお喋りさえあれば
ニーハオ、ニホンコンです。
久々の友人と、魚で語らう時間がよすぎたので、今日はそんな話を
魚の美味しいところです
現在住んでいるところは、太平洋というか相模湾沿い。お魚も当然地のものがよくあがる。
久々に会う友人が「そっちで美味しい魚食べたい」というので、藤沢で有名な鮮魚屋が
やっている、予約の取れない鮮魚居酒屋の席をなんとか確保。
もう、美味しんでいいんだか、お喋りに花咲かせていいんだか、口が忙しいこと、忙しいこと。

出版社で働く友人は、20年以上付き合いのある私よりも少し年上の女性。早口でお喋りでチャキチャキ
動き回る感じがとても自分と近しく、ステージが変わってもずっとずっと変わらずキャッチアップ
を続けている。
彼女は、私よりも一足先に50代を走っているのだけど、昨年、新卒から勤めている会社を辞めて
来月から異業種&異職種での第二の人生を歩もうとしている。
もう、中年女性の星でしかない。それでいて、鼻息荒く気負うところもない。
本人は「ノリ」と言うけれど、きっと長年培ってきたここ一番の勘どころを、ちゃんと掴んで
いるんだろうな。

「そのくらいじゃないと私らしくないな、なんて思ってさ」
と、グビグビとお酒を飲みながらゲラゲラ笑う彼女は、やっぱり私が長年ずっと友達なだけあって、
知的で、面白くて、どんな境遇でも何かを掴んでその先の日々糧にする、七転び八起きのガッツを
持ち合わせている。

きっと彼女は私の軽く数倍は賢くて仕事もできるスーパーウーマンなんだけど、勝手に
自分を重ね合わせて「オラも頑張るぞ!」なんて、すっかりパワーを頂いて帰ってきました。
美味しいものとお喋りは
私の、というか多くの女性にとって、ガソリンスタンドみたいなものなんじゃないかと。
会えてない時にたまった自分のいい話もそうでない話も、全て自分の口からその人に「語る」
ことで昇華させ、受けたほうは絶対に否定することなく、受け止めて、また自分の言葉で返す。
これを繰り返すことで、自分の日々の中で少しまとっていた「膜」みたいなものがふわっと
剥がれ、相手の頑張りや意欲や思うこと、そんなものを新しくまとうことができる気がする。
言うならば洗車して、ガソリンを入れるような時間。お喋りで一旦自分の膜を剥がし、
友人の話やフィードバックでエネルギーを満タンにする。
また私は元気に自分という名の道を運転できそうです。
結局、お互い話に夢中になりすぎて、食べたかったメニューのいくつかは品切れ。
お互い立ち止まる時が来たら、会いましょう。
次はオーダーしそびれた逸品をつつきながら、またゲラゲラ笑いながらお喋りするのです。
4月29日 ニホンコン