それでも作る。

おはこんばんちは。飯塚です。

今年最後の投稿です。

読んでいただきありがとうございます。

このブログが始まった昨年は、日本人にとって「どこだよ?」的なポジションのアイルランドを紹介していましたが、今年はそれに加えて個人的な事も随分書いた気がします。

しかし、何書いてもほとんど愚痴にオチる不思議。

自分でも捻くれ具合に呆れますが、たぶんこれって私がこの地で愚痴をこぼせる友達がいないからに他ならない、と最近気付きました。

日常がそこそこ忙しいのでこの事実に普段は全く気づかないのが救いです。

日本はクリスマスから年末が忙しすぎる。

さてさて、帰省、大掃除、年賀状、お節料理の準備で忙しい日本の年末。
クリスマスの後、日本はすぐにお正月飾りに変えなきゃいけないのが大変ですよね。

特に商業施設やショーウィンドウを見るたびそう思ってました。

アイルランド(おそらく欧米諸国)はお正月飾りが存在しないのでクリスマスの飾りは年始もまだ残っています。

年始に向けてすることはなく、のんびりとクリスマス休暇を過ごす。

子供達はクリスマスにもらった大量のおもちゃで遊ぶ日々(親はそれに付き合わされる)。

7歳児がサンタクロースからもらったのはポケモンカード。グランマと対戦中。こんな光景がどこの家庭でも繰り広げられる年末年始。

我が家もまだクリスマスツリーは飾ったまま。無くなると寂しくなるから暫くそのままにしたいなぁ、と毎年名残惜しいクリスマスデコレーション。

1月にぼちぼち片付けます。

きっかけは日本人の客人でした。

2年前は、お正月にドイツ在住の従姉妹が遊びに来てくれました。

確か元々の予定は年末に数日滞在するはずが、直前に30日から元旦の滞在に変更になりました。

お正月に日本人のゲストが来る。

という事は…

お節料理、作った方がいいのか!

と、慌てて31日の昼に買い出しに行き、4時間くらいでお節もどきと年越し蕎麦の準備をしました。
お餅はストックがあったのは幸いでした。(最近こちらのアジアショップでも売っています)

お節料理は一生作らないと思っていたのに、やれば出来るじゃん!と、年初めからかなり気分良くなった記憶があります。

客人を迎えて初めて作ったおせち料理。西の果てではかまぼこ、れんこん、昆布、数の子、こんにゃくは入手できず(都会では売ってます)。田作りの小魚や里芋はインド食材店で入手した。

なぜ、一生作らないかって、正直言うとお節料理が好きじゃないから、です。

会社員時代も、自分より随分年下の後輩と世間話で

「お節料理、美味しくないよね。嫌いなんだよねー」などと言う私に、

「えー、お節料理、美味しいじゃないですか!私大好きです、お節。」と、ガッツリ反論されました。

へぇー、20代前半の人がお節料理好きなのかー。

だって基本的に保存食だよね、何が美味しいんだろう。(個人の感想です)

何でも食べるフリはできるんです。

食べるのが好きなのに、実は好きじゃない味も結構ある。

あまり面識がない人との食事だと一応我慢して、好き嫌いない人を演じます。

ただ、よくご飯を食べる仲の良い友人には

「何気に嫌いな食べ物多いよねー」と指摘されています。

食わず嫌いではなく、たまーに食べてやっぱり好きじゃない感を確認してます。

栗とかぼちゃ。

母が苦手な影響で兄弟全員これ系嫌い。

父は食べるので栗ご飯もかぼちゃの煮付けも日常的に食卓にはありました。

父以外は箸はほとんどつけなかったけど。

なぜか、30代前半、約半年くらい一時的にかぼちゃのサラダハマり作った事もありました。

衝動的にカボチャを初めて買ったりして。たまたま来た父が冷蔵庫開けて仰天していた。

あれはなんだったんだろう。結構美味しかったけど、その時期以外、全然食べたくならないのです。

実は我が家の近所では栗拾いが出来ます。

数年間は拾って食べていたのですが、やっぱり私は好きじゃないし、私の家族も何やら同様。

しかも皮剥きやらが面倒なので今年から栗には素通りする事にしました。

今のところ栗ご飯もモンブランもかぼちゃの煮付けもサラダも一生食べなくても平気です。

家の近所で拾える栗。日本の半分くらいなサイズです。

練り物、かまぼこ。

消しゴムみたいな食感が苦手。おでんはこんにゃくと大根だけあれば満足です。

アイルランドに来て自分で釣った魚で作ったさつま揚げは美味しかった。

新鮮な魚で作った熱々のさつま揚げはやっぱり違いました。

自分達で釣ったタラをフープロにかけて塩と片栗粉、にんじん、ネギと混ぜて揚げたさつま揚げ。毎年夏に食べてます。

食事の甘い味付けの物。甘い煮物。

甘い豆やお稲荷さんとか。お稲荷さんは甘すぎると感じるので醤油をべったりつけて食べます。

酢の物。らっきょう、ピクルス。

お寿司のガリなどは本当に嫌い。食べません。

因みに私の弟はピクルスとガリ大好き。

同じ家庭で育ったとは思えない程、私と弟の食の好みは正反対。
という訳で、親の躾と子供の好き嫌いは関係ない、というのが私の持論です。

で、お節料理って上記ほとんど網羅してるんです。伊達巻も私には甘過ぎるし。

ニシンの昆布巻きとか数の子、田作りとかも、どうしても食べたくなる事あります?

たぶん、ないよね。(個人の感想です)

子供の頃から母親が数日かかりでお節料理を作るのを傍目で見て、お正月に綺麗に盛り付けされたお節料理(今日の表紙の写真は実家のおせち料理)を

「やっぱりあんまり好きじゃないな~」

と言いながら、全部一口だけ食べ、後は煮物と海老、お雑煮だけを楽しむ私に母は

「大人になったら好きになるよ」

と言いましたが、大人を通り越しておばさんになっても、お節loverになる気配はない。

美味しいとか好き、ではなくハレの日感。

でも、なぜなんだろう。
今年の正月もお節料理をちゃんと作って食べました。

しかしそのインスタも、お節料理って何がいいんだか。ラーメンとかカレーとか餃子みたいな劇的に美味しい!と喜ぶ要素が欠けてるよね、しかもやたらと面倒くさい。

とディスりながら写真をアップ。

じゃあ、作んなよ!

って思う人もいるだろう。

自分でもそう思う。

でも、なぜか手間暇かけて作るお節料理。

アイルランドはお正月感が皆無。ダブリン辺りは大晦日の花火があるらしいけど田舎の村では周りの人も

「Happy New Year 」

すら言わない。

クリスマスの後にシレッと年だけ変わってる。

その感覚への違和感、というか寂しさ。

日本のお正月が恋しくて、ちょっとだけでもお正月感を味わうために作っているのです。

お節料理あると、お正月の華やかさが一気に出る。

それがなかったら、本当になーんにもないから。

2年目の2021お節。黒豆を見た息子1号(当時6歳)に「ウサギの糞があるー!」などと揶揄される。私も好きじゃない黒豆、家族全員好きではないのに手間ばかりかかってその上、ウサギの糞扱いなので今年は小豆を茹でて息子の好きなあんこにする予定。だめ?

子供達も日本のお正月をちょっぴり擬似体験させられる。

お節料理、この先10年位作り続けたら、

「やっぱり美味しいわー。これがないと一年始まらない。お節大好き」

などと言い出す日が来るのでしょうか。

ちなみに本日29日お節の買い出しにいきました。相変わらず材料は揃いませんが、できる限りで擬似お節。

インド食材店でさつまいもと里芋入手。小魚は今年はなかった。魚屋もまだクリスマス休暇中でニシンも買えず。できる限りでやるしかない。

西の果てで少し日本の新年を楽しみたいと思います。

来年も引き続き孤独な日本人の戯言にどうぞお付き合いください。

皆様どうぞ良いお年をお迎えください。

年越しそばは大好きです。もちろん明日も食べますよ。

西果て便り

(毎週木曜日更新)
世界放浪の後にヨーロッパの西端アイルランドに辿り着く。海辺の村アイリッシュの夫、と3人の子供達(息子二人、娘一人)と暮らしています。