疲れた時のかけこみ寺。
打っても打ってもボールが飛んでくる。そんな野球の打ちっぱなしのような状態が数日続いていました。忙しいのはありがたく、幸せなこと。なのだけれど、少し疲れているかもしれない。
やることはどんどん押し寄せてくるから、ひとつひとつ片付けていかなければいけないのは重々承知なのだけれど、集中力も欠けてきている。
そんな時は映画だ。駆け込み寺のように映画の世界に隠る。メールの通知もオフにして、携帯も見ない。パソコンの画面をフルにして2時間だけ、自分の時間を作る。
スパイスの効いたアクション映画で頭を空っぽにするのもいいし、セリフが胸にするすると流れてくる静かな映画もいい。見たくて見逃していた映画、何があったかな。iPhoneをスクロールしていると、2022年の4月に公開された『カモン カモン』が流れてきた。モノクロの映像が、今の気分にきっとぴったりだ。
そうして、見たいと思いながら見ないで日々が過ぎてしまった映画を見ることにした。(この先は、映画の内容も含みます)X-girlのロゴを作った監督のマイク・ミルズ。NIKE、リーバイスのCMも印象に残っている。スタイリッシュな中に、いい塩梅の塩加減でウィットが混じったものを作る人というイメージだった監督の作品。モノクロの映像は色がない分、登場人物の声と表情に没入できる。数秒で映画の世界に取り込まれ、自分もモノクロの世界の住人として映画を見始めた。

母という立場で映画を見ると、ウディ・ノーマン演じるジェシーと自分の子どもが重なる。自分の世界が強い子どもとして登場するジェシーの行動や発言。なぜこの言葉が発せられたのか、その先に込められたものを掴みたくなる。ただ一人の人間という立場で見ると、ホアキン・フェニックス演じるジョニーと自分を重ねて見る。NYのラジオ局に務めるジョニーは、アメリカ中の子どもたちにインタビューをしてまわる番組を作っている。子どもたちの声をまっすぐに聞いて、声を記録していく。ラジオっ子でテレビっ子だった自分は、番組を作りたくて大学は放送学科を選んだ。誰かの話を聞く仕事、そういえば自分はずっとやりたかったんだった。子どもたちの話を聞いた夜、自分との対話をレコーディングするジョニー。子どもたちに質問をする時、答えたくない質問には「ノー」と言ってねと告げてインタビューが始まる。子どもたちに最大限にリスペクトを示す姿勢は、子どもたちにも伝わっているようだった。
「平凡なものを不滅にするということはクールだ」
書き留めたり、録音をしなければ後には残らない誰かの考え、誰かの思い。記録をすることはどこかに何かを留めることだ。文章はあとで修正できるけれど、声は編集はできても音はそのまま残る。言葉を発する時の声の熱量や話しをするスピード。細部に真実が宿り、受け取り手が掴むものも変わる。一見、凡庸でなんでもないことに見えるものを記録して不滅にすることができるから、この仕事が好きだと語るジョニー。記録された子どもたちの言葉はどこかの、誰かの未来を作っている。

一日が終わる儀式のように、ジョニーが自分の声を録音する姿を見て、深く呼吸をする。日々起きること、起きないこと、何かを考えいっぱいの頭の中。書き出すよりも自分の声で記録をすると少しすっきりするのかもしれない。
レコーディングの機械に興味を持った9歳の甥っ子ジェシーが、大きなイヤフォンをつけて、マイクを持ち、さまざまな街の音、フィールドの音を集めていくの姿も印象的だ。とある小学校で、子どもたちにインタビューに行った大人が感想戦をしている時、真ん中でヘッドフォンをし、一人の世界に入っていたジェシーはどんなことを考えていたのだろう。
モノクロの世界に自分も溶け込み、静かに映像を見る。そして言葉と表情を聞く。言葉の先に含まれている本当に伝えたいはずのことは、聞こうとしなければ、決して聞くことができない。そしてこちらに聞く姿勢がなければ、気づくことのできないたくさんの言葉がある。
誰かにインタビューをする時。とても気をつけていないと、こちらの都合を一方的に押し付けてしまっているケースがある。聞きたいように聞き、見たいように見る。それは最大限に避けたいことだ。自分の現実の仕事と重ね、またモノクロの世界に戻るを繰り返す。

時に真意を読み違えてぶつかり、それでも理解したいとsorryを伝えながら、少しずつ互いにとって大切な存在となっていくジョニーとジェシーのやりとりを見ながら、ものごとは伝えることから始まるのではなくて、聞くことから始まるんだ。そんなことを思った。
1時間48分の映画が終わると、頭の中がやわらかくほぐれ、仕事に戻る気力が湧いてきた。もう少し余韻に浸っていたい気持ちを押さえてパソコンに向かう。この先に出会う、初めましての人たちの話を聞く準備をしっかり進めよう。

今週も一週間おつかれさまでした。みなさんにとっての駆け込み寺のような映画はなんですか?