誕生日とスニーカー。

毎年誕生日になると新しいスニーカーを2足買い足します。いつの頃からそうなったのか、はっきり覚えてはいないのだけれど、おそらく10年くらい前からその習慣が始まった気がする。

20代、30代前半の靴箱と玄関には、背の高いブーツやヒールが並んでいた。仕事も今より忙しくバタバタと動き回っていたあの頃。スニーカーを履いていた方が楽だったんじゃないか。今から思えば若い頃の自分に言ってあげたいのだけれど。新卒で入った会社のマネージャー時代、新幹線のホームを走る私のミュールのカンカンいう音がうるさくて、お洒落のために現場にその靴で来るかと「おしゃれ泥棒」というあだ名がついたこともありました。ストレス発散に洋服を買う、靴を買うのが心の支えだったあの頃の自分にとって、スニーカーはそこまで魅力的な存在に映っていなかったんです。

自分のお金で(お小遣いやお年玉で)初めてスニーカーを買ったのは中学2年生の時。バスケ部だった私は、憧れのNBA選手と同じバッシュを履きたくてバスケ部の友達とアメ横に出かけました。エア・ジョーダンが一番欲しかったけれど、当時大人気のモデルは中学生には手が出なかった。アメリカのドリームチームで自分と同じセンターのポジションだったパトリック・ユーイングのモデルを買いました。

体育館で白いバッシュに足を通して、トントンと木の床を爪先で叩いた時の音とバスケットボールのワックスの匂い。新しいバッシュが誇らしくて、背筋もぴーんと伸びていた自分の立ち姿が今でもセットで蘇ります。

30代になって、久しぶりにスニーカーってやっぱりいい!と思ったきっかけは。古着屋さんで赤と黄色のインスタポンプフューリーに出会ったからでした。1994年にリーボックから発売されたスティーブン・スミスデザインの斬新な色と形。翌年、雑誌の『CUT』でビョークが赤と黄色のワンピースにこのモデルを合わせたことが、世界で人気に火がついたきっかけだったということ。今になって知りました。CUTの表紙のビョークはよく覚えていて、めちゃくちゃかわいいスニーカーだなぁと思った記憶はありました。でも当時はなぜか買わなかった。気になる気持ちを数年心にあっためていると、思いがけず店頭で出会った時に無性に欲しくなってしまうものなんですよね。ビョークの表紙が頭にボンと浮かんで、これは!と、迷わずインスタポンプフューリーを購入しました。当時、子供を妊娠していたこともあったからかもしれません。大きなお腹でヒールのサンダルを履いていて、病院の先生に怒られることもしばしば。インスタポンプフューリーに出会ったおかげで、そこからスニーカーの楽ちんさに目覚め、靴箱からはヒールの靴とブーツが一足、また一足と消えていきました。

妊娠中履き続けたポンプフューリー。ある日、「グニャ、ペロン、ペロン」と歩いていると不可解な感覚に襲われ、気づくとソールが爪先の方から半分ベロンと剥がれてしまいました。当時仕事をしていたほぼ日のスニーカー好きの先輩にそのことを話すと、昔のインスタポンプフューリーは経年変化でソールの糊が剥がれややすいから、先にボンドではっておくっていう荒技もあるんだよと教えてくれました。半分に剥がれてしまったソールでしたが、可愛くてお別れするのに忍びなく、しばらくボンドに頼って履き続けました。いくらボンドで補修をしても、「ベロン」の回数が増していく。さすがにもうさよならをしないといけないかと、泣く泣く手放した時の靴箱の空席の寂しさ。あの「赤と黄色」の存在感が大きかったことを物語っていました。ってポンプフューリー1足で大袈裟な!と自分に突っ込みたくなりますが、なんだかとっても寂しかったことを覚えています。

子供が生まれてからは、もっぱらニューバランスの574にお世話になっています。グレーの574。玄関に並んでいる574にばかり足を通すので、1年履き続けるともうクタクタで、ソールは斜めに削れてしまう。そうするとまた、同じ色の574を購入して先代に別れを告げるという数年を繰り返してきました。ここ4年ほど、白のニューバランスブームが自分の中にやってきてグレーの574と白の574の2足ばき。毎年、自分の誕生日に旧スニーカーにお疲れ様をして、新しいスニーカーを2足購入するという習慣になりました。

楽ちんでなんの洋服にも合うから、1年履き続けてしまったニューバランス。クタクタだよね。いつもありがとう。

ニューバランスのソールが一番楽ちんだと今でも思っているのですけれど、今年はナイキが靴箱に加わりました。2019年に登場したN.345。ナイキのアーカイブに眠る膨大な試作品をベースに新たなスニーカーを登場させるプロジェクトなんだそうです。70年代のナイキの名作「DAYBREAK」をベースにしたNew モデル。ナイロンのメッシュがベース。ソールはワッフルソール。ワッフルソールって、お菓子のワッフルの型を参考に作られているということも今回初めて知りました。歩行を楽にしてくれるボツボツがおいしいワッフルから来てるって、なんだかすごい。プロダクトの発想はどこからやってくるかわからないものだし、どこからでも新しい発想って生まれるものなんだなぁと1足のスニーカーに教わってしまった。やわらかな履き心地は、ニューバランスを履いて歩いている時にとても近いです。

黄色のN.345デイブレイクを手に入れてから、他の色を調べてみたらかわいいものが多くて。誕生日に新調する2足目も色違いのN.345デイブレイクにしてしまいました。

おなじみナイキのロゴ「Swoosh」(スウッシュ)マークがステッチでかわいい。スニーカーマニアの方には周知の事実なのだと思うのですが。ギリシャ神話の勝利の女神「ニーケ」の彫刻の像の翼をモチーフにデザインされたのがSwooshマークなんですね、っていうことも今回初めて知りました。Swooshの「woo」は「wu」の発音で日本にはない音。スウッシュ。確かに難しい。辞書には、シューッという音を立てる。葉っぱがサラサラ鳴る。噴出する。物体が高速に動く時のシューッという音、と書かれています。勢いよく動く・躍動感・スピード感を表すこのロゴのデザインを担当したキャロライン・デビットソンが出した請求書の金額。なんと35ドルだったというトリビアも、その後羽ばたいて行ったNIKEを思うとすごいなぁ思います。(1983年フィル・ナイトから呼び出しを受けたキャロラインがダイヤモンド入りの金のスウッシュリングとナイキ株を渡されたというその後のエピソードも)

タンのところは手描き風のロゴとN.354の文字。これもかわいい。2021年はこのスニーカーと一緒にどこに行けるかな。

ここ数年、ずっとお世話になっているニューバランスには、旅の思い出が染み込んでいます。

新しく手にしたナイキと一緒に行ける場所が、少しでも遠い距離になりますように。そんなことを祈りながら、2021年をこのスニーカーと共に過ごします。

こいけはなえの気になるもの。

(毎週土曜日更新)
マネージメントを中心に料理家と一緒にand recipeという会社をやってます。とにかく旅が好き。

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