吸い込まれる。

浅草「梅と星」で行われた「スナックはたの」お越しいただいた皆様、ありがとうございました。楽しい時間を過ごしていただけましたでしょうか。1階奥のキッチンで、みのむし揚げの衣になるじゃがいもをひたすら千切りにしながら、2階で行われているトークイベント中、どっと起こる笑いの余波を時間差で感じていました。

「梅と星」さんでイベントをやらせていただくことが増えて、よく通るようになった駅があります。服飾、インテリア、生活雑貨などの問屋さんが軒を連ねる都営新宿線の馬喰横山。幡ヶ谷から都営新宿線に乗って馬喰横山で下車。駅の構内から直結する都営浅草線の東日本橋駅まで歩き、浅草に向かうというルートだと、代々木上原から表参道まで千代田線で移動し、銀座線で終点の浅草駅に移動するよりも20分ほど時間を短縮できる。

地下にある都営新宿線馬喰横山駅のホームから都営浅草線の東日本橋駅に向かって歩くとき、いつも足を止めてしまう香りがふたつ。鰹節の出汁の香りと春菊の香り。目よりも先に鼻がひくひくと反応してしまう。

もうすぐ一旦改札を出るタイミングということが、このふたつの香りのおかげでわかるのです。

駅なかの立食い蕎麦屋さん『文殊』の店舗の後ろ側にある看板にはおいしそうな蕎麦がずらり。とろろ、きつね、たぬき、ざる。ちくわ、えび、月見、わかめ、なす、コロッケ、いか。そしてかきあげ。

いつもは急いで通りすぎる改札の手前で、この看板に足を止めました。イベントの日は食べるタイミングを逸することが多い。買い出しや仕込みがあるおかげで、少し時間の余裕をもって出てきた今日ならば、ずっと気になっていた立食いそばを食べることができる。鼻だけがお店の前を通り過ぎたあとも反応していたお店。

シンキングタイム3秒で吸い込まれるように鰹節と春菊の香りの主の前に立っていました。

いかの天ぷらの乗ったそば、わかめたっぷりのそばも魅力的だけれど、やっぱり春菊かなぁ。トッピングで別の天ぷらを追加する手もある、なんて迷っていると、すぐ後ろにお客さんのやってきた気配。決断を急げ急げ。う〜ん、初志貫徹。今日は春菊のそばにしよう。500円玉を食券の販売機にちゃりんと入れてボタンを押す。駅なかの蕎麦屋さんはスピードが命。お待たせしてすみませんと背中越しで後ろのお客さんに念を送りながら、食券を店員さんに渡す。

「そばでよろしいですか?」

「はい、お願いします。」

と即座に答えながら、うどんもおいしそうだとほんの一瞬心が揺らぐ。券売機で後ろにいたお客さんは常連さんのよう。食券を出す時に自ら「そばで」と付け加えて箸のあるカウンターにスマートに移動。

「はい、かきあげそばですね。少しお待ちくださいね。」

あぁ、かき揚げもおいしいよね。なんてのんびり春菊の天ぷらの乗ったそばを待つ間、エビ、いか、ちくわ、かきあげの天ぷらが並んだショーケースを見て、やっぱりエビをトッピングすればよかったかなと、往生際わるく目と鼻があちこち移動する。

「春菊そばご注文の女性のお客様、お待ちどうさまでした」

「あ、ありがとうございます!」

キッチンの中は店員さんがふたり。ねぎを小口切りするマシンに、ウィーンと長ネギを差しこんでいる音を聞きながら天ぷら前のカウンターにトレーを置く。この鰹節の香りに鼻がお店に吸い込まれて、いつも後ろ髪を引かれていたのだった。春菊の天ぷらからも緑の蒼いいい香り。ちょこんとのったネギの上に七味をふって、実食。

生麺を注文のあとにゆでるスタイルのお店。細めの麺はつるんとのどごしがいい。いい香りの正体だったお出汁が旨い。みりんが風味が強かったり、塩味が口に残ったり。お蕎麦屋さんによって、つゆの後味にもいろいろあるけれど、ここのお出汁は後味に強すぎる何かが残らない。そばとお出汁がよくからんで、するすると喉を通過していく。

春菊の天ぷら。家でもこないだ揚げたばかり。揚げ時間を少し長めにするとチップスのようにパリパリになってそれはそれでおいしいのだけれど、そばにはまだ柔らかい葉の食感が残るほうがいい。今日はよく汁を吸わせてからそばと一緒にかじる。お箸でぐーっと春菊の天ぷらをつゆに押し込むとふわっと広がっていく衣。天ぷらの油がお出汁に溶け込んで、大中小の円を描いていく。多めに麺と春菊をすくって口に運ぶ。エビの天ぷらをトッピングしてもきっとおいしかったけれど、今日はこのシンプルなチョイスが正解だった。春菊の天ぷらにのった七味が、ぴりりと舌の奥の方を刺激する。

券売機で発券をしてから食べ終わるまでの時間は15分以内。江戸時代「夜鷹そば」としてはじまったそばの立食い。駅そばの発祥は、北海道の長万部駅や森駅、軽井沢駅と諸説ある。注文が入ると事前にゆでておいた麺に温かいつゆをかけて列車内の乗客に渡すのが一般的なスタイルだった。1955年から駅のホームで立食いスタイルのそばがスタートし、60年代には駅構内から駅の外へ。「都そば」「梅もと」「名代富士そば」が登場して、早くて安くて旨い一杯が、高度成長期に忙しく働く人たちのお腹を満たしてきた。

1995年に両国駅の近くに本店をオープンして以来、駅なか、駅のそばで店舗を着々とふやしている「文殊」。その中でも馬喰横山店はナンバーワンの人気を誇る店舗なのだとか。夜遅い時間まで気持ちよく乗り切れたのは、すっきりきれいな味の春菊そばのおかげ。横を通るたびに気になっていたお店。入ってよかった。

ごちそうさまでした。

ぐっと気温の下がる日々が続いておりますが、みなさまどうぞあたたかい週末をお過ごしください。

こいけはなえの気になるもの。

(毎週土曜日更新)
マネージメントを中心に料理家と一緒にand recipeという会社をやってます。とにかく旅が好き。

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