ライブ!

「あしたのお弁当は、20分で食べれるものにしてね。」

「おにぎりにする?おかずは何がいい?普通にお弁当にしてご飯を少なめにいれようか。おかずは鮭とつくねでいいかな。あと卵焼きも入れるね。」

「飲み物はポカリで!」

区内の吹奏楽部、8校が一同に介して演奏を行う連合音楽会。開催できるかどうか。開催しても、保護者が見に行けるかどうか、まだなんとも言えない状況で。そんなふうに部活の保護者会の時に聞いていた演奏会が、無事開かれました。

「ここの部分が難しいんだよね」と楽譜を見ながら、机をとんとん叩いていた息子の晴れ舞台。

「学校から渋谷公会堂までって、どこから行くのが一番いいかな。」

「学校に一番近いバス停から渋谷駅行きのバスに乗るのがいいけれど、本数が1時間に1本とかなんだよね。電車で代々木八幡まで一駅乗って、山手通り沿いのいつも乗る停留所からバスに乗って、区役所前で降りる方が良さそうじゃない?」

学校は秋休み。いつもの登校時間より15分遅めに家を出発予定。一旦学校に部員が集まって、楽器を車に積みこんでから、先生は車、生徒たちはそれぞれ会場に向かうということになっているようです。

「でも、やっぱりあそこのバス停から乗るほうがみんな楽じゃないかな。」

「時刻表調べてみたら?」

「うん、今調べてみてる。」

同じ学年の子たちと一緒に会場に向かうようで、みんながなるべく楽で早い方法と息子なりに思ったようです。

「いい時間のバスがあった!」

よかったよかった。朝ごはんを急いで頬張って、持ち物を確認。お弁当、水筒、楽譜。敷物と生徒手帳は入ってる?

あ、ハンカチ忘れてるよ。あとで見に行くね。いってらっしゃい!

キッチンに戻って食器を洗いながら、急に自分が中高生の頃にワープしました。時はバンドブーム。一番好きだったユニコーンを皮切りにJUN SKY WALKER(S)、LÄ-PPISCH、THE BOOMなどなど。渋谷公会堂でライブが開かれる度、池袋にあったチケットセゾンに並ぶ。もしくは、10円玉をたくさん持って電話ボックスに入り、チケット発売5分前から電話をかけまくる。なかなか取れないチケットをゲットしたら、すぐ友達の家に電話。家の電話からチケット争奪戦に参戦している友人と確認しあって、どちらかのチケットはキャンセル。当時、一番チケットがとりやすいのは、高級車についている車電話からだとか、どこどこの駅の公衆電話はプレイガイドにつながりやすいなど。いろんな都市伝説がありましたが、結局どの噂がほんとうだったのかは、未だに謎なままです。

ライブに行くために、竹下通りに友達と買い出し。革ジャンにはとても手がでなかったけれど、黒のラバーソウルとお揃いのキャスケット。ロンTを買って当日に備えました。ライブはもちろん、その前の準備も学園祭のように楽しかったあの頃。今でも渋公の前を通ると、好きなものに夢中になっている時のぐわっと熱い気持ちを思い出します。

8校の吹奏楽部がそれぞれ2曲ずつ演奏をする連合音楽会。今回保護者が観覧できるのは、自分の子供の学校の演奏のみ。息子の学校の演奏が始まるのは13時35分。13時25分に受付をして、会場に入ります。思えば2019年に渋谷公会堂が新しくなってから、足を踏み入れるのは初めて。その昔、スロープをドキドキしながら通っていた渋谷公会堂。跡地にはパークコート渋谷ザ・タワーというマンションが建っている。

このスロープをあがる時は、いつもワクワクしていました。友達と腕を組んでハイテンションで会場の入り口にむかう。ちょっと高めのラバーソウルで足をぐにゃりとすることも。

建物が公園通り沿いに少し移ったとはいえ、ここは音楽の殿堂、渋谷公会堂。1987年、BOØWYが解散宣言をしたのもここ。母がユニコーンの姿を拝んで失心しそうになった場所もここ。8時だョ!全員集合でたらいが何度となく落ちていた場所もここ、渋谷公会堂。そんな会場で、演奏できるなんて。我が息子はそのすごさ、わかっているのだろうか。

「保護者の方は2階席になります。」

階段をひとつ上がって、音がしないようにゆっくりと重い扉を開くと、前の学校の演奏が続いていました。忍足で少しずつ前に進んで席につく。周りの席に人はあまり座っていないのだけれど、フルートのケースや、黒い皮の楽器ケースがぐにゃりと置かれている。

近くにすわっていた男性に小声で声をかけられる。

「すみません、ここ1階席なんです。保護者の方はもうひとつ階段をあがっていただいて、2階席の方に」

も、申し訳ない。頭を下げ、また音を立てないように息を止め、ゆるい階段をのぼる。階段をひとつ上ったから2階のつもりだったけれど、ここアリーナじゃん。ライブ会場とご無沙汰しているにもほどがある。

そうそう。2階席って、3階の感覚の場所まで上るんだった。今度は間違いなく2階席。どーんと舞台が見えます。前の学校の演奏が終わって、息子の学校の生徒たちが楽器のスタンバイを始めました。ティンパニ担当。手を振りたくなる気持ちをおさえて、席に着く。

「めちゃくちゃドラムがうまいんだよ」

よく話を聞いていた三年生の先輩の演奏も、今日初めて聴くことができる。

みんなそれぞれ楽器を手に、座るポジションを確認。譜面台の高さを調整して、楽譜を置く。ホルン、サックス、チューバ、フルート、トロンボーン、クラリネット。みんなかっこいいぞー。

「みなさんこんにちは。私たちは一年生から三年生まで、部員23名で活動しています。今日はシーゲート序曲、アラジンのメドレーを演奏します。」

三年生の先輩の挨拶からスタートして、いよいよ演奏が始まる。アメリカの作曲家ジェイムズ・スウェアリンジェンによるシーゲート序曲。フルートの音からスタートするこの曲。おお、ティンパニのバチもドゥクドゥクと動いてる!

「ティンパニを叩く時に使っているのは、バチじゃなくてマレット言うんだよ」

帰ってきた息子に教えてもらいました。

ティンパニのマレットがドゥクドゥク上下に動いて、音を止める時がちょっといいんですよね。ティンパニ上面の皮をすっと押さえながらマレットをひく。音が完璧に消える。2階席からも、その動き。しっかり見えてたよ。

小学生の時からドラム教室に通う息子は、中学に入って吹奏楽部に入るのを楽しみにしていました。中学校の見学会で「やってみる?」と優しく声をかけてくれた先輩が、今日はドラムセットに座っています。三年生はこの演奏会と、来週の校内演奏会が終わると引退。「先輩は小学校の時からバンドをやっていて、家にもドラムがあってすごい練習量なんだ。ものすごくうまいんだよ。」ドラムはもちろんのこと、トライアングル、サスペンダーシンバル、ラチェットも演奏して、立ったり座ったり大活躍です。一人で、こんなにたくさんの楽器を演奏するんだ。

「本当はもうひとつ、シェイカーもやるはずだったんだけれど、さすがに難しくて僕がやることになった。」

ティンパニの途中で、シェイカー振ってたね。そういうわけだったのか。

三年生の女の子の先輩のサックスソロでアラジンメドレーが始まると、拍手の音が大きくなる。ジーニーのフレンド・ライク・ミーのパートになると、ドラムはノリノリ。パーカションチームの3人、楽しそう。見ているこっちも体が揺れる。

吹奏楽部には「コンサート」という言葉を使うべきなのだろうけれど、心も体も揺れる演奏に「最高のライブだったよ!」と言いたくなる。

あっという間に15分ほどの演奏の時間が過ぎて、退出の時間になりました。いそいそと楽器を片付ける背中に「めちゃくちゃかっこよかった!」と心の声を送って会場を出る。帰り道、渋谷公会堂の看板を見ながら、中学生というこの時期に、こんなに夢中になれる好きなものがあるって、やっぱりいいなと心から思う。

翌日の朝ごはん。昨日子どもたちの演奏を見ながら、息子と一緒に絶対見たいなと思った映像を、NETFLIXからテレビに繋いで流す。

「これ、ビヨンセのコーチェラフェスのライブなんだけれどちょっと見てみて!ドラムラインもかっこいいし、ブラスの人たちも踊りながら演奏してるの、すんごく楽しそうじゃない?」

いつもなら、携帯でお気に入りのYouTubeを見ながら朝ごはんを食べる息子も、携帯をオフにしてテレビに集中。

「別の仕事についたとしても、楽器の演奏ができるっていいね。一生楽しめるもんね、ちょっとうらやましい。」

「うん。」

今日は満杯の会場で演奏、というわけにはいかなかったけれど、お客さんであるお父さんやお母さんたちを楽しませ、体を揺らしてくれた子どもたち。HOME COMINGのようなお客さんが満杯の会場で、トランペットを吹く子が、ドラムを叩きながら踊る子が、もしかしたら出てくるかもしれない。今日味わったライブの楽しさが、どんな未来につながっていくのか、今からとっても楽しみです。

母は、この週末。スマホに録画したシーゲートとアラジンメドレーの映像をゆっくり見直そうと思います。

みなさま、どうぞよい週末をお過ごしくださいませ。

こいけはなえの気になるもの。

(毎週土曜日更新)
マネージメントを中心に料理家と一緒にand recipeという会社をやってます。とにかく旅が好き。

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