ドーナツのある生活。

これさえあれば30秒で幸せになれるというおやつはたくさんある。その中でもやっぱりドーナツはいつだって上位にランクイン。

BRUTUSの最新号「本当においしいドーナツ」を発売日に購入。表紙に潔くならぶ、イーストを使ったふわふわのドーナツにうっとりしながらページをめくっていくと、池ノ上にとびきりおいしいドーナツが食べられるお店があるという情報を発見。お散歩にも程よい距離。いつでも食べたいドーナツだけれど、自分の中では晴れの日が似合うドーナツ。雨の多かった今週。天気予報とにらめっこしながら、お店にお邪魔できる日を探っていました。

朝はまだ曇っていたけれど、昼前にお日様が顔を出した金曜日。渋谷で打ち合わせの後移動すれば、おやつタイムどんぴしゃの15時ごろにお店に到着できそう。次の予定までにもちょうどいい時間の頃合い。

ドーナツを最高においしくいただくために、お昼ごはんを我慢して、まずは打ち合わせに移動しました。

久しぶりにすっきりと晴れた空に心も踊る。いや、ちょっと嘘をつきました。心と頭を占めていたまだ見ぬドーナツに心が踊る。

ドーナツを食べる前。ちょっと多めに運動しようとしてしまうのはいつものこと。食後の摂取カロリーを、なんとかとんとんにできないものか。渋谷から乗車すればいい井の頭線。ちょっと遠回りして神泉まで歩く。

サンダルじゃなくてスニーカーだったら、池ノ上まで歩けたのに。ちょっと後悔しながら、各駅停車が到着するのを待つ。朝ごはんは雑炊だったから消化が早く、お腹はグーグーなっている。ふわふわのドーナツまであと少し。各駅停車の本数が少ないことをうらめしく思う。

こどもが保育園に通っている頃に住んでいた東北沢。歩いて5分の池ノ上にもちょこちょこ買い物に来ていました。駅前を見渡すとあの頃と風景がかわっている。駅を降りてすぐの場所にあった弁当と惣菜のお店、フランス屋さんがなくなっていました。保育園のお迎えの帰り。大皿に盛られたたくさんのおいしいお惣菜に、何度も助けられたお店。あの頃はありがとうございましたと心の中で唱えながら、お店のあった場所をゆっくり通り過ぎる。

駅を降りて東北沢方面に向かう道のひとつめの交差点を左折して、三角橋の信号に向かうまでの道、その名も「ユニコーン通り」に目指しているお店があります。この通りを「ユニコーン通り」と呼ぶ人は、後にも先にもわたし一人だと思うのですが。東北沢に住むはるか昔から、縁があった忘れられない通り。

まだ大学生の頃。学祭に必要な機材を借りに、ここ池ノ上にある老舗のドラム屋さんにやってきました。ナビのない、免許を取ってまもない時期。ガチガチになりながら運転した記憶が、この道を通ると蘇ります。

地下にあるお店。友人とふたり、初めてのお店に緊張しながら階段を降りると、そこには思いも寄らない人が存在していました。

1993年アルバム「スプリングマン」のレコーディング中に、ユニコーンを脱退した川西“西川”幸一さんが店員さんと雑談をしていたのです。「『I’M A LOSER』のPV、エアドラムにめちゃくちゃ痺れました。ドラムセットがないのに、西川さんの前にはドラムセットが見えました。」伝えたかったけれど、伝えられなかった一言。トレードマークの金髪に鍛え抜かれた二の腕。ユニコーンの大ファンだったわたしのかたまりようといったらありませんでした。

カウンターの上に両手を置いて、肩幅より何センチか多めに足を開いて笑顔で何かをはなしている様子。私称「ユニコーン通り」を通ると鮮明に思い出すのです。

目指している「YUP!」。Googleマップによると、あのドラム屋さんのすぐそば。思い出の詰まった店の前に到着。地下に向かう階段の入り口には、ドラム教室の張り紙。健在のようです。

ほっとしながら顔をあげると、すぐ目と鼻の先に「YUP!」の看板が見えました。置き看板にはOPENの文字。ちょっと前に『I’M A LOSER』のPVを思い出してしまったものだから、「とーどかない。身動きもできない。」とお店がお休みだったらどうしようとドキドキしていたのです。

楽しみにしていたドーナツにありつけて、I’M A WINNERになりました。

すっきりとしたコンクリートのカウンターの上に輝くガラスのショーケース。愛おしいドーナツが並んでいます。コーヒーとドーナツとクラフトビール。14時にオープンして夜遅い時間まで開店しているこのお店。私が訪問した15時すぎは、ドーナツとソフトドリンクを提供している時間でした。手書きのクラフトビールの看板にも目移りしつつ、ドーナツを選ぶ。

ショーケースに並んでいたのはシナモンシュガーときなこのドーナツ。基本のシナモンシュガーをお店で食べて帰って、3個はお持ち帰りに。平日限定のレモンドーナツも気になっていたのですが、この日は在庫がなかったので次回の楽しみに。コーヒーもおいしそう。コールドブリューのアイスコーヒーを注文して席で暫し待つ。

真横にドーナツのある、幸せな眺め。ふかふかのドーナツにきれいに入ったホワイトライン。あぁ、おいしそう。

「お待たせしました。お荷物テーブルの下にかけられるので、よかったらご利用くださいね」

お店の方の声がやわらかくて素敵。バットの上に輝くシナモンシュガーのかかったドーナツ。待ってました!

おいしいドーナツって顔がいいんですよね。ぷくっとした膨らみは赤ちゃんのほっぺたのよう。バットをくるくる動かしながら、ドーナツを眺める。少し落ち着こう。YUP!とお店のロゴが入ったグラスを手に持ち、アイスコーヒでクールダウン。ほんのりの酸味とスッキリした後味。これはドーナツとの組み合わせが最高だ。

お腹もそろそろ限界なので、かぶりつく。ふわっとしているけれどほどよく噛みごたえもある。あとからやってくるシナモンの香り。口角に残したグラニュー糖を唇を上下左右に動かしながら少しずつ口の中に運ぶ。早く食べ終えてしまうのがもったいないのに、すぐかぶりつきたくなるから困ったものだ。

アイスコーヒーを挟みながら、ドーナツを引き続き味わう。コースターの文字を見て、次回の訪問はやっぱりビールタイムにしようと誓う。「ビール飲もう」「イェス、飲む飲む!」

1970年にミスタードーナツとダンキンドーナツが進出して、本格的に日本に広まったドーナツの発祥は17世紀のオランダ。生地の上にくるみをのせて揚げたお菓子が、ドーナツの元になったのだそうです。ドウが生地でナッツがくるみ。生地とくるみで「ドーナツ」という名前に。

リング状になったドーナツが発明されたのは19世紀のアメリカ。ハンソン・グレゴリーのお母さんが作ったドーナツ。生焼けだった生地の火の通りをよくするため、真ん中に穴をあけてみたのがリングドーナツの始まりなのだそう。ドーナツを愛するものとして、メイン州ロックポートにあるハンソン・グレゴリーの記念碑はいつか見に行きたい。

ぺろりと平らげてしまったドーナツ。おいしいドーナツ屋さんが近所にある幸せ。また来ます。

9月10日は中秋の名月、雲の切れ間にお月様が顔を出してくれることを祈りつつ。みなさま、よい週末をお過ごしくださいませ。

こいけはなえの気になるもの。

(毎週土曜日更新)
マネージメントを中心に料理家と一緒にand recipeという会社をやってます。とにかく旅が好き。

HPはこちら