「また来たいと思います。」

先週に引き続き、「気になるもの」は今週も気仙沼斉吉商店和枝さんとの釜山の旅の話を。

あっちに行けば市場があって、こっちに行けば台所道具の店があって。
Googleの地図を見なくても歩ける場所も、一緒に旅をする人によって見るもの、見えるものが変わる。

韓国最大規模の水産市場「チャガルチ市場」に和枝さんをお連れするのが今回のメインイベントのひとつ。快晴でぱっと明るい市場に到着するなり、和枝さんが小走りである場所に向かった。

「冷凍ものがね、どんな形をしているのか気になって!」

生のお魚がところ狭しと並んでいる華やかな魚の市場の入り口に、ひっそりたたずんでいる冷凍のエビや貝を扱うお店。冷蔵庫の中を上から下までくまなく眺める和枝さん。今までなんども通ったはずの市場の入り口に、この店があることを今回初めて知る。

「この四角い形をしているものはなに?」

かちこちに凍った長方形の物体は、魚のすり身でしょうか。それにしては色がだいぶ白っぽい。

「これは白子をつぶしてぎゅっと固めてあるものなんですよ。韓国ではこれをスライスして鍋に入れて食べたりします。」

日本で白子を鍋に入れるときは、あのぐにゅっとした脳みそを思わせるグロテスクな形のままだけれど、こうやって冷凍しておけば使う分だけスライスしてあとはまた保存がきく。あのビジュアルだからこそ、ぱっと頭に浮かぶ味というものがあるはずなのだけれど、なんとも合理的でなるほどの嵐。

少し離れたところで友人ダソムと和枝さんが会話をしているのを眺める。表情のくるくるかわる二人。英語でゆっくり丁寧に話をしてくれるダソムの言葉にうんうんと大きくうなづく和枝さん。同じ言語で話ができれば、間違いのない意思疎通ができるのかもしれないけれど、あながちそうとも限らない。少し会話が散漫だったり、相槌を打つだけだったりする場合もきっとある。互いの国の言葉を知っている数が少なければ少ないほど、聴くほうも集中して何を言わんとしているのか一生懸命に聴くし、話すほうもどうにかしてこのことが伝わるようにしたいと、真剣に伝わる方法を選んで全身で表現をする。

前の日の夕方に出会ってからまだ1日も経過していないのに、ダソムと和枝さんはもう通じ合っているように見える。「これはなんだろう」「なぜこういう味になるんだろう」「なぜこんな形で売っているんだろう」。真剣に知りたいと思っている和枝さんに、真剣に答えたいと思ってくれるダソム。通訳をしたりしなかったりしながら、二人の考えが瞬間的にぶくぶくと深いところに潜っていく瞬間に何度も出会う。ぱっと冗談を言って笑う時も、わずかな通訳のタイムラグをすっとばせば同じ。「코드가 맞다(コードゥガ マッタ)」=コードが合う人という言葉が二人を見ていると浮かんでくる。

「立派なサバだねぇ。」
「サバは韓国語で、고등어(コドゥンオ)です。」

「こっちは何の魚?」
「이건 그냥 종이에요.(イゴン クニャン ジョンイエヨ) 」

ぴかぴか光る鯖の横に並んでいる、籠の上に並べられた茶色くてデロンとした物体。和枝さんが質問して、ダソムが答える。

「え?ジョンていう魚?」

「和枝さん、和枝さん。ジョンは、ふふふふ。紙という意味です。あはははは。」
「えっ?紙?あ!これ、海産物じゃないのね」

和枝さんが気がついた瞬間にみんなで大爆笑。

最近気仙沼でもよくあがるようになったという太刀魚。韓国では「갈치(カルチ)」と呼ばれる魚。塩をふって多めの油で揚げ焼きにされたカルチは、朝ごはんに欠かせないメニュー。銀色で長い魚の身が滑り落ちないように、そして美しく見えるように。下敷きのようにひかれた紙が水を吸って、昆布のようになっていた物体をこれはなんなのだろうと思った和枝さん。たくさんの魚が並ぶ中に、どうどうと横たわっていた茶色の物体をなんなのか知りたいと思う気持ちが素晴らしい。いつもの自分ならここもすっと通り過ぎてしまうところだった。

赤や黄色のパラソルがにょきにょき空に向かっている魚のエリアを過ぎると、市場の人たちがさっと食事をすることのできるの食事のエリアに入る。牛の血に塩と水をまぜ、茹でて煮固めた「선지(ソンジ)」がたっぷり入ったスープと豚の皮を炒めた「껍데기(コッテギ」のお店が並ぶ。ソンジクッ(牛の血の塊が入ったスープ)は、その見た目に尻込みしてしまってまだ挑戦したことがない。「すごくおいしいんだよ」というダソムに、「うん、次回来た時に挑戦してみようかな。」と話しながら、きっと次回も勇気が出なくて口に入れることはないかもしれないと同時に思う。

たくさんの船が停泊する港の岸壁では、釣りを楽しんでいる人たちもいる。

「あそこに停泊している赤と青の色をした船、見覚えあるでしょう。第18共徳丸と同じ大型の漁船だね。」

2011年初めて和枝さんにお会いした日に見た船。気仙沼の鹿折地区に打ち上げられた大きな漁船を思い出す。

しばし言葉を交わさないまま、船を眺める。

「海の水、きれいだね」

そう言って和枝さんが岸壁にくっつく貝類や藻をのぞき込む。

「あそこの建物のハングルはなんて書いてあるんですか?」

「제、빙、공장(チェビンコンジャン)」
一文字ずつ文字を追いながら、제はせい、빙(ビン)がなんだったかな、공장は工場の意味ですね。製なんとか工場、빙(ビン)、빙(ビン)、빙(ビン)…。

「あの工場から伸びている筒ね、氷を運ぶやつじゃないかと思うの。」

「あ!빙(ビン)は빙수(ピンス)のピンですね。さすが和枝さん。製氷工場です。」

国は違えど、大きな船の入る港町という意味で気仙沼も釜山も必要な機能は同じ。製氷工場はここでも欠かせないものなのだろう。今まで何度も目の前を通っていたはずなのに、ここも目をむけたことのない場所だった。

和枝さんの目で見る港。

あれは何ですか?あれはなんと書いてあるんですか?と次々聞いてくださる質問のおかげで、チャガルチの市場も釜山の港も今までとは違った景色になった。

「ここに来る前と来た後では全然違いますね。もっといろんなことが違う国なんだと思っていました。食べるものも、いるお魚も、春に採れる野菜も、人も。似ているんだね。」

様々な歴史の問題がある。きちんと勉強をして、自分の頭で考えなければと思うことがたくさんある。言葉にしてもまだまだ自分は足りない部分だらけだけれど、この国に通えば通うほどまたここに来たくなる理由がいくつも生まれる。食べ物やこの国の文化はもちろんだけれど、やはり深い縁を感じる人々との出会いが一番大きい。

「またここに来たいと思います。」

そう言ってくださった和枝さんとの旅は、改めて韓国を好きになる時間で愛おしくなる時間だった。

和枝さん、ありがとうございました。

本日、4月29日(土)から5月5日(金)まで行われるほぼ日「生活のたのしみ展」。新宿住友ビルの三角ビルに斉吉商店さんも出店されています。初日はきっとたくさんのお客様がおいでになることが予想されるので、ゆっくりお話いただくのは少し難しいかもしれませんが、和枝さんにオススメされると全部食べてみたくなってしまう東北のおいしいものに会いに、ぜひおいでください。今年もSAKRAJPのリーダーぐっさんが会場をデザインしました。

ではではみなさま。どうぞたのしいゴールデンウィークをお過ごしくださいませ!今週も読んでいただきまして、ありがとうございました。

こいけはなえの気になるもの。

(毎週土曜日更新)
マネージメントを中心に料理家と一緒にand recipeという会社をやってます。とにかく旅が好き。

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