欢迎回来、百音。

気仙沼が朝ドラの舞台になる。主人公は気象予報士らしいよ。主役は清原果耶ちゃん。気仙沼だけじゃなくて登米も舞台になるんだって。

気仙沼に出張でお邪魔して、そんな話を耳にしてからしばらく時が経ち。

今年の5月17日(月)から、平日毎朝楽しみに見ていた「おかえりモネ」の放送が、10月29日(金)最終回を迎えました。全24週・120話。出演者の皆様、スタッフの皆様。静かな気仙沼の内湾をキラキラと照らす朝の光のようなドラマをありがとうございました。

今日の「気になるもの」、終了。みたいな始まりになってしまいましたが、まだモネロスがしばらく続いてしまいそうです。なんとかこのロスを解消する方法はないものか。パラパラと手帳をめくっていたら、後半戦に朝から泣きながらメモをしていたモネのおじいちゃん、龍己さんのセリフが出てきました。

今週、取材で久しぶりにお会いした前職ほぼ日の先輩菅野さんからいただいたお土産。菅野さんはりんごの女王。レンジでチンするとジャムのようになる甘酸っぱいブラムリー。「こっちはね、かりんに似てるけどマルメロっていうの。すごくいい香りだからお部屋に置いておいて」りんごもマルメロもバラ科の果実。どちらもずっと匂いをかいでいたい贈り物。

気仙沼で竜巻が起こって、心配でたまらないけれど東京にいたモネ。実家からの連絡はなし。菅波先生に背中を押されて最終の新幹線で気仙沼に向かう。震災当時はかかっていなかった橋を渡って、亀島に到着するモネ。そこで目にした光景は、たくさんの人が手伝いにきてくれている賑やかな実家の光景。まだ販売できる牡蠣をどんどん種分けして箱につめている。こらえきれず頬をつたった涙を手で拭いて、「橋を渡ってきた。」と絞り出すように発したモネのセリフも一生忘れることのできないものになりそうですが、その後の龍己さんの一言がたまらなかった。

「強いんじゃない。しぶといんだな。」

2011年の6月12日に初めてお邪魔してから、何度も通った気仙沼でお会いした大好きな方々の顔を思い出しました。自分のためよりも家族のため。外から来て、魚をおろしてくれる漁師さんたちのため。大きな手をひろげて待っていてくれる人たちがたくさんいる場所。しぶとくいるって、ただ強いんじゃないんですよね。太い幹の木だけが強いんじゃない。登米のサヤカさんの顔も浮かびます。

最終週の登場にも歓喜しましたが、「寂しくないですか。」という龍己さんの問いかけに、「サヤカさんのようになりたい」と言ってくれたモネの話をした後、「私はあの子の中にいる、それで十分。」と言っていたサヤカさん。すくっと伸びる1本の木の、大地に深く張る根のようなサヤカさん。このドラマを見ていて、強くありたいなと思うより、しぶとくありたいなと心から思いました。誰かのために。そして、自分のために。

「私強くて力がないと、誰かのために働いたりできないって思っていました。」(モネ)

モネのこのセリフも、忘れられない一言です。

はあ。モネちゃんロスだし。日課の中国語の勉強にも身が入らない。いっそ、モネに関連する言葉を中国語で考えてみるというのはどうだろう。おかしな解消の仕方だと思いつつ、ノートに書き出してみることにしました。

モネといえば菅波先生。菅モネ。二人が登場すると、毎回なんだかほっとしていました。

菅波光太朗。名前の中に「光と波」が入っているんですよね。天気や海に関する漢字が、菅波先生の名前に入っていたことに、改めて心がじんわりとする。光太朗は中国語で読むとGuāngtàilǎng。「太」だけで辞書を引く。完了の「了」とセットにすると、すごく〇〇とか、とても・たいへん〇〇という意味になりますが、「太」だけだと、大きい・高いという意味がある。「光」はそのまま、中国語でも光。そして「朗」の字を辞書で引いてみると、意味のところに「明るい」と書かれています。明るいに天気の「晴れる」とつけると「晴朗」Qínglǎngで、よく晴れているという意味になる。菅波先生の名前・光太朗は、「大きな明るい光」だったんだ。モネの「先生じゃないとダメなんです」というセリフが頭の中に浮かびます。距離が離れていても、モネにとって菅波先生は、いつも自分を優しく照らしてくれる大きな明るい光だった。中国語とモネを結びつけた小池の勝手な解釈ですが。「光太朗」さんと呼ばれることはほとんどなかったけれど、そういう意味も隠されていたのかなぁとちょっと嬉しくなりました。

りんごの女王菅野さんのために、とっておきのりんごのレシピをご用意しての撮影でした。菅野さんも、「光太朗」の名前に隠されていた意味のように、小池にとって「大きな明るい光」のようなピッカピカの女性です。

主人公モネの本名は「百音」さん。妹みーちゃんが小さな頃。大好きだったお姉ちゃんを呼ぶの時に、「ももね」と「ねーちゃん」がくっついて「モネ」になった。その秘密を、母・亜哉子さんが最後に明かしてくれました。「モネじゃなくて百音さんて言うのか」と父・耕治さんに絡まれていた菅波先生の顔を思い出しながら、「百」bǎiを中国語の辞書で調べてみます。数字の百の意味ともうひとつ、「とっても多い、あらゆる」という意味がありました。そして、「音」yīn。吹奏楽部だった百音が、「音楽なんてなんの役にも立たないよ」と言ったセリフ。菅波先生の患者だった元ホルン奏者の宮田さんの演奏を聞いて「音楽ってこんなにも背中を押してくれるものなんですね」と言えるようになるまでの時間。モネの名前には、「音」が入っていたんだよなぁと辞書を引きながら改めて思いました。中国語の辞書にのっている「音」の意味。字が表すまま、音や声という意味が最初に載っていて、その後に続くのは「消息、便り、あらゆる知らせ」という意味でした。ここで思いました。登米で朝岡さんと山の中を歩きながら。「天気予報は未来を予測できる世界」だと教えられたモネが、気象予報士を目指したのは偶然ではなかったのかもしれないと。「あらゆる知らせ、たくさんの便り。」そんな意味のこもった名前を持つモネが、気象から受け取ったたくさんの便りを、漁師さんや周りにいる大切な人たちに届けて、助けていく。

「私強くて力がないと、誰かのために働いたりできないって思っていました。」

音楽に背中を押されたモネが発した一言がここでカムバックしてきます。「音」yīnには声という意味もある。地元のコミュニティFMでモネが声を通してたくさんの頼りを届けている。モネの声には、人の背中を押す力がすでに宿っているように見えました。

最後におばあちゃんを置いて逃げてしまったと、苦しさを吐露したみーちゃんの名前「未知」。みーちゃんの名前は、「未来を知ることができる」気象予報とつながっているんですよね。未来は中国でも未来。読み方だけが少し違うwèilái。辞書をひいておもしろかったのは、未来という名詞の意味ともうひとつ、「これからまもなくの、これから先の」という形容詞としての用法が載っていたことでした。「未来的时代=これからの時代」のように使う。これからの時代を生きていくモネ、みーちゃん、りょーちん、光生、すーちゃん、悠人の顔が浮かびます。「未」wèiを辞書でひくと、干支の羊の意味が最初に出てくる。十二支の八番目。中国で「八」は最も縁起のいい数字。発財の「発」が転じて「八」が最も縁起のいい数字になった。中国語の授業の時にニホンコン先生から「もし、中国人のお客さんのホテルを予約することになったら絶対に8階を選ぶ。888号室があったら最高!」という話を聞きました。羊はきっと縁起のよい漢字。干支の羊の意味につづくのは、まだ〜していない。日本語と同じ意味ですね。そして「知」zhī も辞書でひいてみる。知る、わかる、知らせる。知識や学問。これは日本語と同じ。「未知」wèizhīという動詞になると、「〜かどうかわからない。」という使い方になる。未来がどうなるかなんてわからないけれど、誰かと自分のために、しぶとく生きる。そうそう。おかえりモネのおかげで、「しぶとい」ってなんて素敵な言葉だったんだろうと思うようになりました。

そういえば、「しぶとい」って中国語でなんて言うんだろう。辞書を引いてみると、「強情だ」という意味合いの顽固wángù,倔强juéjiàng,拧nìngの3つと、「粘り強い」という意味合いの有耐性yǒu nàixìng,顽强wánqiángという言葉が出てきました。感覚的には、顽强がしっくり来る気がするのだけれど。

「強いんじゃない。しぶといんだな。」

「我不坚强。我很顽强。」で良いのかどうか、今度ニホンコン先生に訊いてみよう。

ほぼ日時代、菅野さんと一緒にたくさん気仙沼にお邪魔しました。同じ大学の同じ科の先輩でもある菅野さん。粘り強く、しぶとく、誰かを助ける言葉をつむぐ大尊敬する先輩です。

しばし、モネロスは続きそうですが。モネと菅波先生は今頃どうしているかな〜と時折想像しながら、しぶとく、粘り強く。勉強も頑張りたいと思います。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。皆様、気持ちの良い週末をお過ごしください。

こいけはなえの気になるもの。

(毎週土曜日更新)
マネージメントを中心に料理家と一緒にand recipeという会社をやってます。とにかく旅が好き。

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