酸味と苦味。

来週ケータリングにお邪魔する会場の下見。東新宿でまだ内装工事中の会場に和菓子を差し入れした後、時計を見ると16時前。だいぶ暖かくなってお散歩日和。年末に熊手を買った花園神社にお参りすると牡丹桜の芽がだいぶ膨らんでいる。紀伊國屋書店に寄って帰ろうと靖国通りを渡ったところで、お昼を食べ損ねていたことに気づく。

伊勢丹のすぐ近くにある王ろじでとんかつもいいなぁ。お店の前まで行くと「営業は17時30分〜」の看板がかかっている。ちょうど飲食店は休憩の時間。とんかつはもちろんのこと、甘い玉ねぎの入ったバター豚汁を久しぶりに飲みたかった。

何を食べるか考え始めてすぐに「ガンジー」という黄色い看板が目に入る。欧風カレーで1972年から続いている老舗。新宿には老舗と呼ばれる店がたくさんあるけれど、行ったことのない場所も多い。他には何があったかな。一度通り過ぎて、やっぱりカレーにしようとUターン。初ガンジー。2階からカレーのいい香りが漂ってくる。

重みのあるドアを開けると店員さんたちは皆さん若い。中途半端な夕方の時間だったこともあって、店内にお客さんはいなかった。談笑しているところにお邪魔してしまった。みなさん一気にこちらを見て「いらっしゃいませ!」と大きな声で迎えてくれる。ジャズのかかる店内に明るい声が響く。

「窓際の右のお席にどうぞ」

角っこの落ち着く席。1階の入り口にあったメニューの一押し、トマトチーズカレーに長いフランクの乗ったカレーにするか、ビーフカレーにするか。トマトの酸味がちょっと疲れた体に効いてくれそうで、トマトをチョイス。今日はほんとにあったかい。コーヒーはアイスを注文。すぐにアイスコーヒーがやってきた。カレー屋さんではなぜかアイスコーヒーを頼みたくなるのはなぜだろう。濃くて苦みの強いコーヒーを一口ちゅっと飲むと、頭まできゅっと刺激が飛んで目が覚める。二口目を飲む前に、コーヒーフレッシュとガムシロップも入れる。フレッシュとシロップを入れたくなるのも不思議とカレー屋さんでアイスコーヒーを頼んだ時だけ。コーヒーを飲みながら店内を見回すと、プレスリーと目が合う。

黄色いお盆にのったカレーがやってきた。ごはんのお皿には福神漬けとフランク。長いフランクにはカレーがひとかけしてある。カレーに蓋をするようにのったトマトは、分厚めの輪切りスライスを半分にしたサイズ。角切りのトマトをトッピングでのせることはあっても、大きいサイズのトマトがのるのもいい。家でもやってみよう。

トマトの下にはしっかり溶けたチーズが潜んでいる。たっぷりすくってごはんにかける。トマトをスプーンでカットしてスプーンにのせる。トマトの酸味とスパイスの中にあるピリッとした苦味。そこにごはんの甘味が加わって、スプーンがどんどん進む。トマトがいい味の変化球を口の中で投げてくれるから、飽きずに食べ続けてしまう。bitter sweet sourness。酸味がなければビタースウィート・サンバだったのに。トマトのカレーを食べる脳内BGMはオールナイトニッポン。

そういえば欧風カレーの定義ってなんだろう。調べてみるとその元祖は神保町のボンディだった。創業者である村田紘一が1968年からヨーロッパに滞在。約4年間務めたフランスのレストランで学んだ基本のブラウンソースにカレーの材料を加えてできあがったのがボンディの欧風カレーだった。欧風カレーは、日本独自のものだったんですね。

しばらく食べ進めるとうっすら鼻に汗をかいてくる。しっかりたっぷりスパイスが効いている証拠。それにしてもスライスのトマトとカレーはぴったりだった。会計を済ませてごちそうさまでしたと告げると「ありがとうございました!」とまた大きな声で送り出してくれる。明るい声のおかげで階段を降りる足取りが軽くなる。いいお店だ。また来ます。

駅に向かう途中で紀伊國屋書店へ。酸味と苦味くらい、カレーと本もぴったり合う。

1月に取材に出かけ、トラックパッドに額をつけながら頑張ったCREA春号『いま、進化する韓国へ!』が発売になりました。扉、トッポキ、器、京東市場、マッコリ、調味料そして旅の相棒おかっぱことカメラマンの衛藤キヨコちゃんと旅した2泊3日の釜山のページなど。コーディネートと原稿などを担当しました。韓国の今がぎゅっとつまった1冊。パラパラページをめくりながら、ぜひ、実際の旅の計画を立てて頂けると嬉しいです。

あたたかさと共に花粉も絶好調ですが、みなさまどうぞよい週末をお過ごしくださいませ。

こいけはなえの気になるもの。

(毎週土曜日更新)
マネージメントを中心に料理家と一緒にand recipeという会社をやってます。とにかく旅が好き。

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