踊る洋食。

金曜日の朝。子供を学校に送り出してPCに向かう。カタカタとエクセルに数字を打ち込み、夜の間にやってきたメールに返信。カタカタ、カタカタ。最近、朝になると決まって聴きたくなるブルーノ・マーズをシャッフルでかけながら、集中。ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークがタッグを組んだSilk Sonicの「Leave The Door Open」が流れてくる。この曲MVもかっこよかったんだよね。踊りながらドラムを叩きたくなるMV。Silk Sonicの曲がかかると気分があがる。身体をゆらすリズムと音色。左右に肩だけを動かして、指はキーボードに固定したまままたカタカタとパソコンに向かっていると、お腹がすいていることに気づく。すごく、とても、お腹がすいている。

こんな日は焼肉か洋食じゃないか。ご近所さんでもあるSAKRA.JPのリーダーぐっさんは今日何をしているかな。「ランチどう?」とメッセージを送ってみると、「13時30分までオンラインのミーティングがあるけどその後はOK!」とすぐに返信がかえってくる。シャッフルをやめて、Silk Sonicのアルバムに切り替えたiTunesからは心地のいい音楽が流れ続けている。仕事をぎゅっとがんばって、いざランチ。

笹塚在中のぐっさんから「笹塚は洋食がうまい。マックとロビン、ほんとうにオススメだよ。」と以前から聞いていた。我が家は代々木上原。笹塚までは徒歩で10分もかからない。お値段もお手頃で、いい食材の揃うフレンテ笹塚にはよく買い物に行く。のだけれど、タイミングよくランチタイムに笹塚にいることがなかったせいか、マックにもロビンにも行くことがなかった。焼肉の「にくる」も気になっていたのだけれど、ぐっさんはどちらの気分かなぁ。

笹塚の駅にむかう途中、先におでましあそばしたのは「にくる」。お店の外にはランチメニューの焼肉のおいしそうなセットが並んでいる。その手前にはうなぎ屋さんがあって、香ばしくタレの焦げる匂いが漂う。う、うなぎ。心が揺れる。笹塚にやってくる道中では、焼肉か洋食と心に決めていたのに。おいしい匂いがしてくる度にぐー、きゅるきゅると空っぽの音を鳴らして反応するお腹は、頭よりもとても正直だ。

「笹塚、着きました。焼肉屋さんのそばです。」とぐっさんにメッセージを送ると、「焼肉もいいね。まだランチタイムやってるかな」とすぐに返信が来る。うなぎのタレの匂いに後ろ髪をぎゅっと引っ張られながら「にくる」の扉を右にスライドして「まだ…」と店員の方に声をかけると、「ごめんなさい。ランチがもう終わりで…」と今度は肉の油の匂いにぎゅーっと後ろ髪を引かれてしまう答えが返ってくる。「あ、ありがとうございました」なぜか丁寧にお辞儀をして少し重くなった扉を両手で左にスライドして、携帯を取り出す。「ランチ終わりでした。」とぽちぽち文字を打ちながら、心を強く洋食に切り替えて、ぐっさんの待つ駅の方に向かう。

そのままランニングに出発できそうな黒の上下の装いのぐっさんが、爽やかに手を振っている。合流するやいなや「洋食!」と告げて、お店が営業していることを祈りながら、ロビンのあるビルへ。こういう時、決まって競歩の選手のように歩幅は小さいのに速足になるのはなぜなのでしょうか。スタスタと歩きながら、途中に以前は見かけなかったパスタ屋さんを発見して「こんなところにパスタ屋さんなんかあったっけ?」とあまり意味のない言葉を発しながらロビンに急ぐ。とにかくお腹がすいている。

「最近自分が行く時、お店がやってないことが多いんだよね」と言いながら、ロビンのあるビルに先を歩くぐっさんが、明るい顔で振り返った。

や・っ・て・る・!・!・!

ビルの2階にあるロビン。お店の入り口までは、一階の不動屋さんの左横から螺旋階段がぐるぐると上に伸びている。階段を数段上がった、螺旋階段のちょうど巻き目のしっぽのところが最後列のようだ。ロビン初体験のコイケは、このぐるぐるを何巻くらいしたらお店に辿り着くかの予測がついていなかったのだけれど、ニコニコしているぐっさんの顔を見る限り、そんなにぐるぐるを繰り返さず、お店にたどり着けるのだということが想像ができる。

思ったよりも早くお店の扉が見える位置までやってくると、窓際にはメニューと丸椅子が4つ置いてあって、ガラス扉を通してカウンター席のお客さんがおいしそうにドリアを頬張る様子を見ることができる。

「何にしますかねぇ。」

「何がおすすめですかねぇ。」

「ドリア、おいしいんだよ。うーん、スパゲッティも捨てがたい。ハンバーグとエビフライ!ハンバーグ。うまいんだよねぇ。」

裏表になっているメニューをくるくるとひっ切り返しながら何を頼もうかと迷う先に、スプーンとフォークを使って、ドリアを美しく食べる男性の姿が視界に何度も入ってくる。

「ドリア…にしようかな」

「僕、チキンカツにしてみるわ」

チキンカツ!新たな誘惑。カツ。カツレツ。明治時代にフランスからやってきたコートレット。薄切りの肉にパン粉をまぶし、さらにバターでソテーをしてしまうにくいやつ。カツレツはやっぱりデミグラスソースだよねぇ。注文するメニューを決定したあとも、逡巡が続く。正しい日本語ではないとわかっていても、あえて「いさぎわるい」を使いたくなる状況。あれもこれも食べたいと気持ちが行ったり来たりしていると、お店の扉がキーと開いた。

「ご注文はお決まりですか?」

はきはきと、でも優しく声をかけてくれる店員さんの一言に、逡巡しっぱなしでゆらゆらした声のまま「ハ、ハンバーグドリア、お願いします。」と答える。ドリアもハンバーグも諦められない自分にぴったりのメニューがあった。ぐっさんははっきりとした声で「チキンカツをお願いします。」と伝える。

続いて店員さんは丸イスにちょこんと座って、順番を待っていらっしゃるおじいさんとおばあさんに声をかける。「今日はどうしましょうか、いつものスパゲッティ?」スパゲッティ。パスタでもなく、スパゲティでもなく、スパゲッティ。小さな「ッ」が入っているスパゲッティは、最後にしっかり炒めてある懐かしい食感のイメージ。麺はアルデンテではない。ちょっともちもちしている感じ。「いつもの」という言葉がなんだかとてもあッたかい。

「お待たせしました。どうぞ。」

やった。思っているよりも早く順番が回ってきた!少しずつぐる、ぐるっと階段を上がりながら、メニューを見ながら。とってもすいていたはずのお腹のことをすっかり忘れていたこと気づく。お店の外から、おいしそうにドリアを頬張るお客さんを見ていた席に座った。

「みてみて。あれを見るとまた迷っちゃうね。」

入り口のところには食品サンプルがずらりと並んでいる。チキンカツはばっちりデミグラスがかかってるやつだ。今度はエビフライも食べてみたい。はぁ、洋食への尽きない欲望。まったくキリがない。

窓際に座っている男性のところにやってきたお皿の上にはハンバーグとスパゲッティが山盛り。トマトソースがたっぷりと絡まった麺がツヤツヤ光っている。ハンバーグとスパゲッティって反則だね。はぁ、おいしそう。

お客さんでいっぱいの店内。右後ろからも左前からもいい匂いが漂ってくる。くんくん嗅いでいたら鼻が、窓の外まで伸びていきそうなおいしい匂いが店内を満たしている。

「ドリア、お待たせしました。」

来た。あっという間にやって来た。とろっとクリーミーなベシャメルソールの上に大きなハンバーグ。シュレッドチーズがこんがり焼けて、細い湯気がすーっと細く天井に上る。

「チキンカツもお待たせしました。」

デミグラソースがきらきら光ってる。キャベツもしゃっきしゃき。お皿の縁のロビンのロゴが少しかすれているのもなんだかとってもいい。今まで何千回、おいしいものをのっけてきたのだろう。机にコトンと料理が置かれた時に、一番幸せそうなお客さんの顔を見ているのは、このロビンのロゴなのかもしれない。

「いただきます!」

裏ごしもされているのかダマがひとつもない、スルスルのベシャメルソースにスプーンをゆっくり押し込んでたっぷりすくう。ドリアのごはんは白でも悪くないのだけれど、ロビンのドリアのごはんはベーコンとピーマンの入ったしっかり味付けのしてあるライス。滑らかなベシャメルソースには赤いパプリカがふってあって、口の中でおいしく混ざる。一口目をよくばってスプーンに山盛りしてしまったから、おいしいッと熱いッが交互にやってくる。今日は小さい「ッ」の日だ。

「よかったらこっちも食べて」

違いにお皿を交換してチキンカツ、ハンバーグドリアをぱくり。ベシャメルソースも最高だったけれど、デミグラスソース!チキンカツを一切れ頬張ってさくっと噛むと、はーっと肩が下がって背中が丸くなる。これは、おいしいねぇ。

ドリアの上に乗ったハンバーグは塩こしょうがしっかりきいている。ハンバーグとベシャメルソースもぴったんこ。合う。

「毎日食べたくなる洋食だねぇ。」そう言いながら、スプーンとフォークを休むことなく口に運び続ける。

「ちょっとみてみて!キッチンの中。料理人の方、ずっと踊ってる。」

ぐっさんの一言でキッチンに目をやる。私たちが座っているカウンターからはシェフの手元は見えないのだけれど、アップダウンする上半身だけが見える。BGMに「Uptown Funk」をかけたくなっちゃう動き。You are too hotです!おいしい洋食、ありがとうございます。ハレルヤ!

一口目も二口目も三口目もぜんぶ、ずっとおいしい。グラタン皿にしがみ付いているごはんの粒をフォークでかりっとすくって、お皿を空っぽにする。

最後はきちんと手を合わせてお辞儀をしてしまう味。ごちそうさまでした。

スプーンとフォークを揃えてお皿に置いた瞬間から、次は何を食べようか、また楽しみの始まる洋食屋さん。「次はオムライス食べてみて。すごくうまいんだよ。」おいしいレコメンド、ランチのお付き合いありがとう、ぐっさん。

東京はとってもいいお天気。たまった洗濯を一気に干して、明日のワークショップの準備に取りかかります。

みなさま、今週もおつかれさまでした。どうぞ素敵な週末を、お過ごしください。

こいけはなえの気になるもの。

(毎週土曜日更新)
マネージメントを中心に料理家と一緒にand recipeという会社をやってます。とにかく旅が好き。

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