そうなる理由。

お仕事の関係もあって、最近毎日韓国料理を1品は作るようにしています。今までは食べる専門で、いつかまた韓国に旅ができるようになったら김장(キムジャン)のワークショップに参加して、自分で作ってみることができたらいいなと思っていたキムチにも挑戦してみることにしました。

キムチはパンと同じく発酵の力を借りなければ、おいしくならない。アミの塩辛である새우젓(セウジョッ)と海産物。乳酸菌においしくしてくださいと祈りつつ。親戚が集まって大量のキムチを漬ける様子を、ドラマで何度となく見ていましたが、自分一人で漬けるとなるとその分量はどのくらいから始めるのがいいのか。

白菜まるごと1玉漬けてみたい気もするけれど、キムチ用のタッパーが野菜室を占領してしまう。発酵がうまくいかなくて、食べられない可能性も0ではないかもしれない。そんなことをあぁだこうだと瞬時に考えながら、まずは1/2玉を漬けてみることにしました。

教科書は韓国伝統料理研究家な・すんじゃ先生の本。『なすんじゃさんのキムチ・ナムルとおかずの教室』(アノニマ・スタジオ刊。2020年11月22日初版第一刷発行)。キムチやナムル、ジョンやわかめスープなどのレシピが全部で53品。ずらりと並ぶ中のトップバッターがキムジャンキムチ。

1玉用で明記されている材料を1/2に計算しなおしてノートに記載をしていく。塩の量はわかりやすい。白菜の重さの4%。白菜半玉1250g。塩はその4%で50g。まず、1日目。白菜に塩をします。なすんじゃ先生のことば。「塩をうまくふれたら、半分は成功したようなものです。」

白菜を洗い、1/4にカットした白菜の葉をめくって、裏側に塩をすりこんでいく。ビニールの手袋をした先の塩と葉のざらざらとした肌触り。すりこみながらただよう、緊張感と不安感。白菜の水分を引き出して、いったん細胞の膜を壊し、後から挟み込むヤンニョムの味を染み込ませるための大事な役割を果たしてくれる塩。発酵を通り越して腐敗をしてしまわないようにするのも塩の役目。「こつの科学」という書籍で調べてみると、他にも、塩に強い乳酸菌を適度な速度で発育させる役割も塩にはあるそうです。(『新装版「こつの科学」調理の疑問に答える。』杉田浩一著 柴田書店刊:参照)

『「こつ」の科学』でさらに漬物の項目を調べる。

「野菜に2〜3%の食塩をふっておくと15〜20分で野菜の内外の濃度は平衡に達し、それ以後はほとんど脱水がおこりません。もし食塩濃度を4〜5%に多くすると、脱水のスピードはもっとはやくなります。」

「塩をうまくふれたら、半分は成功したようなものです」4%の塩を白菜にあてる。水分がいいスピードで抜けて、ヤンニョムの旨味を染み込ませる前の大事な工程。

おいしく漬かるかどうかは、塩。君にかかっている!いやいや、塩をすりこむ私の手にかかっているのか。

こうしてみると白菜と塩の組み合わせがとてもきれい。おいしくなぁれと祈りながら、塩をすりこむ。

2日目。中に挟んでいくヤンニョムを作る。양(ヤン)は漢字にあてはめると薬、념(ニョム)は念じるの念。調味料やソースの意味で使われているこの言葉。体によい薬になるように念じて、醤油や酢、砂糖や塩や薬味などを配合するものだったんですね。韓国語と料理を並行して勉強していて面白いのは、こういう瞬間。すでに単語として知っている、音や文字だけで知っている言葉の元の意味を辿っていくと、何気なしに発していた言葉に理由がある。

ちょいと話がそれましたが、キムチに挟み込んでいくヤンニョムを大きさを揃えて切っていきます。大根、せり、にら、白ねぎ。今の季節、梨がないので今回は王林を使ってみました。梨よりも水分量が少なく、甘味は強そうだから、発酵時どんな風に作用するのか少しドキドキしつつ。大根には塩をして置いておく。魚介類。今回は身が大きくて美味しそうな宮城の牡蠣が売っていたので牡蠣を選択。

再び『「こつ」の科学』を取り出して、おいしいと感じる塩加減の目安についても見てみる。汁ものやおにぎり、そうめんなどは塩分濃度0.6%。味噌汁は0.8%。よく言われる肉や魚のおいしい塩加減の1%。人間の血液濃度は0.9%だから、肉や魚のソテー、焼き物や炒め物などは、血液濃度よりも少し高い、塩分濃度1.0%が人がおいしいと感じる塩加減の目安になる。

あとから入れるヤンニョムに含まれる塩分は、大根にあてる塩大さじ1/2と調味料に合わせる塩大さじ1/2。カナリエキスとアミの塩辛にも塩分が含まれているし、1日置いて水分がぬけた白菜を水で洗っても塩分は残っているから、正確には計算より少し多くなるかもしれないけれど、後からいれる塩分の合計大さじ1=15gを、水分が抜けた白菜と後から入れる薬味のだいたいの総量1250gで割ると0.012。材料の総量の1%強。おいしい塩分の量。

材料をきれいに器に入れると、キムチがおいしくできあがったような気になってくる。まだまだ、これからが勝負です。

水と昆布で出汁をとり、そこにもち米粉を大さじ1/2入れてのりを作る。中粗挽きの唐辛子、アミの塩辛、カナリエキス(いかなごのエキス)、ニンニクと生姜はみじん切り。ドラマを見ていると、大量のニンニクをがんがん潰して入れているイメージでした。みじん切りにしていれると、きっと味はきれいに入る。調味料ともち米で作ったのり、薬味を混ぜていく。レシピだと松の実が入っていて、材料も用意していたのに、当日入れるのを忘れてしまいました…。夕飯作りと並行してヤンニョムを混ぜていたので、集中力散漫。

白菜の間に挟むヤンニョムの分量はこのくらいずつでいいのか。迷いながら葉の間にはさんでいく。よくありがちな、最初に遠慮して少なく挟んで、最後に大量に具材が余るのとは逆のパターンで。ドキドキしつつも、初キムチに興奮していたわたしの5本の指は当初から多めの分量を掴んでいたようで。最後に塗り込むヤンニョムが少し足りなくなるという事態に。

外側がもっと真っ赤に染まるイメージだったマイキムチ。序盤で飛ばしすぎました。次回への反省1。

容器に入れて、きっちりラップ。さらに袋に入れたもの。熟成させる間、家の中で温度の低い玄関に置いたり、ベランダに置いたり。熟成期は5〜7℃をキープすると良いと書かれていたので、いろいろと工夫をしてみる。様子を見て、3日目に冷蔵庫へ移動。おおお。水分がぬけて白菜の下に赤いエキスがたまってる。

「キムチは3〜4日後から食べはじめられます。」1日多く漬けた方が、自分好みの味になる気がして、開封するのは4日目を選択。初キムチはポッサムと一緒に。漬ける時から決めていたので、夕飯前にポッサムを仕込む。

豚バラに塩をすりこんで、ねぎの青い部分を1本分。にんにくと生姜をいれて、酒を1/2カップ。お水は肉がひたひたになるくらい入れて30分煮る。

ポッサムを仕込んでいる間に、キムチの容器を開封。どうでしょう。どうなんでしょうか。マイファーストキムチはおいしく漬かっているのでしょうか。

まず目から入ってくる情報をチェック。ヤンニョムに入っているくたっとしたニラとせり。次に手の感触からチェック。持ち上げた時の白菜の柔らかさは、おいしく漬かっているのではないかという期待を持たせてくれる。

1/4玉のキムチをバットに移して、味見用にカット。手袋をした手で白菜を少し上にもちあげて、横にハサミをいれていく。

4日目の浅漬けキムチ。

まだ白菜の歯応えがしっかり残る浅漬けのキムチ。砂糖が入っていないレシピだからか、口の中にまったり残る後味がなく、すっきりとしたきれいな味。最初にピリッと辛さがきて、白菜を噛む度に野菜の甘さがしっかり伝わってくる。初めて大事に作ったキムチだから、という加点ももちろんあるけれど、しみじみ幸せな味。

キムチを味見しながら、というよりもしっかり一皿食べながら、語学学校に通っていた時の先生の言葉を思い出しました。結婚をされて、韓国に帰った先生とソウルで一緒にお昼ご飯を食べていた時。テーブルにならぶおかずを見ながら、キムチの話になりました。「冷蔵庫にキムチがあるのが当たり前だと思っていたけれど、帰ってきてからお母さんがキムチを漬けるところを見て。タッパーに残るキムチの汁の最後の1滴まで無駄にできないなって思った。」

今回私が漬けたのは白菜1/2の量。白菜に塩をする日とヤンニョムを挟む合計2日。時間にしてそれぞれ1時間ほど。韓国でキムチを漬ける量は、わたしのそれとは比較にならない。娘たちの冷蔵庫に、キムチを欠かさないように。大量のキムチを仕込む先生のお母さんの手。発酵が進んで酸っぱくなったキムチはチャーハンにしたり、キムチのエキスは余すところなくキムチチゲにしたり、最後までおいしく食べる。手間をかけて作ったキムチの最後の一滴まで無駄にできないと言った先生の気持ち。キムチを自分で漬けてみて、初めて少しだけ実感としてわかりました。

おいしく漬かったキムチは、おいしく食べたい。ポッサムと一緒に味わう選択は大正解でした。

蒸した甘い白菜にキムチとポッサムを包んで食べる。味の違う白菜on白菜もうまいんです。
ごはんに乗せるのも、もちろん最高。白ネギのナムルも一緒に食べるとネギの辛味がキムチと豚肉にまた合う。

白菜のキムチ。これから毎日発酵が進むとどんな風に味が変わっていくのか、ノートと舌に記録していく。最後のひとかたまりをキムチチゲにするのを楽しみに。

新たにカクテキを漬けました。こちらは材料も少なく、漬けるまでの準備も楽。

大根に塩をあてるとすぐに水分が抜けてきます。これもおいしい味が後から入るための大事な工程のひとつ。そう思うと、落ちていく水滴の存在が少し違って見える。

白菜よりはだいぶ気持ちが楽ですが、おいしく発酵してくれるように祈る工程は同じ。

少し時間と手をかけたものをつくると、その工程ひとつひとつの意味が知りたくなる。人間以外の微生物の働きも含めて、おいしくなる理由もおいしくならない理由もどこかに必ずあるんですよね。

時間がたつごとに、どんな味に変化しているか。今朝は白いご飯とキムチで朝ご飯にしようと思います。あぁ、そうだった。今日は漬ける時に入れ忘れた松の実を散らして、香ばしさを足して食べよう。

今日も読んでいただいて、ありがとうございました。みなさま、よい週末をお過ごしくださいませ。

こいけはなえの気になるもの。

(毎週土曜日更新)
マネージメントを中心に料理家と一緒にand recipeという会社をやってます。とにかく旅が好き。

HPはこちら