穏やかに機嫌がいい。
「なんでハノイが好きなの?」
おかっぱキヨコからそんな質問が出るのは当然だ。
旅の日程だけを決めて、まだ旅先が決まっていない時にハノイはどう?と提案したのは私だからだ。
全羅南道新安郡の塩田など、よく旅をする韓国の中でまだ訪れたことのない場所という選択肢もあった。実際に渡航ルートも調べてどこから移動するのがいいかなというところまで考えてもいた。でも二人で旅をしたことのない場所に行ってみるのが、今回は良さそうな気がした。おかっぱがハノイの色をどんな風に写してくれるかも気になっていた。

ベトナムで訪れたことのある場所はふたつ。経済の中心地ホーチミンと政治・行政の中心地ハノイ。同じようにバイクが行き交い、どちらもプップーと常にクラクションの鳴っている都市。鶏ガラたっぷりで出汁をとったフォーを食べたホーチミンと牛骨で出汁をとったフォーを食べたハノイ。バインフランと呼ばれるホーチミンのプリンとカラメンと呼ばれるハノイのプリン。似ているようでどこか違う。圧倒的にまた訪れたいなと思うのは、ハノイの方。

「なんでだろうね。」
ハノイを好きな理由がなんなのか、旅をしている間は明確に答えられずにいた。
日本に戻ってきて、写真を現像したり、映像を見返しながら気がついたことがある。ハノイにいる人たちは、穏やかに機嫌がいい。めちゃくちゃ明るくて、常に全開の笑顔の機嫌の良さというよりは、常にテンションが穏やかで、機嫌の悪そうな人に出会う確率が極めて低いのだ。ホテルでもレストランでも。険しい顔で、何かと睨めっこをしている人を見かけない。ほどほどに放っておいてくれて、関心がないのかと思いきや、予測していなかったタイミングでとびきりの笑顔を見せてくれることもある。そのギャップにも心惹かれているのかもしれないのだけれど、ハノイ全体に流れている穏やかに機嫌の良い空気が、そこにいる旅人として心地よく、楽に感じるのだ。

ハノイで食べるご飯の味も、どこか優しい。これは完全な好みの問題だと思うのだけれど、ホーチミンで食べたご飯の方が、味がはっきりとしていた。ハノイで食べる一番好きな食べ物といっても過言ではない、空芯菜の炒めもの。中華料理として食べる時とは、茎の歯応えや油の絡み方がちょっと違う。刻んだニンニクもたっぷりなのに、パンチが効きすぎていない感じも不思議。ベトナムの空芯菜炒めは穏やかな味だ。
ベトナム語で空芯菜は「rau muống(ザウ・ムオン)」という。「muống」はベトナム語で、漏斗(ろうと)という意味があり、空芯菜の茎が空洞なことから名付けられたという説もあるそうだ。茎の部分の食感を生かすために、茎と葉を分けて炒めるお店もあり、火の通し方にこだわりがある。個人的な印象にすぎないのだけれど、空芯菜を細かく刻まず、長い状態で提供するお店が多い。にんにくとヌクマム、砂糖にこしょうで味付けられていて、油は少なめ。ヌクマムに最適に火が通り、空芯菜から出る水分も相まって、あの美味しいソースになる。
今回の旅で初めて知ったのだけれど、空芯菜の原産地は東南アジアなのだそう。暑さに強い野菜で、湿地や水辺に生え、成長が非常に早い。ベトナムの気候が空芯菜の生育条件に合っているため、たくさん採れる。栄養価が高く、安く手に入れることができる経済的野菜としてベトナム全土でよく食べられる代表的な野菜なんだそうだ。



「なんでハノイが好きなの?」
果物がおいしいとか、アイスクリームがおいしいとか、季節を感じるいつも違った花が街を彩っているのを見るのがたのしいとか、ディテールをあげようとするならば、いくつも思い当たることはある。
でも明確にこれ!という理由をひとつあげるのはやっぱり難しいのだけれど、人も食べ物も穏やかに機嫌がいいからというのが現時点での答えになりそうだ。







気負うことなくふらりと訪れることのできる旅先のひとつとして、これからもハノイは居続けてくれそうです。
今週も一週間おつかれさまでした。梅雨の合間、洗濯を干すタイミングを悩みますが、午前中はお天気もってくれそうですね。皆様、よい週末をお過ごしください。