「있는 없는(インヌン オンヌン)」 鬼が好きな食べ物。
今週も江陵のことを少し。
友人ダソムが参加した江陵アートフェスティバル。散歩から街中に戻り、ダソムと一緒に韓国舞踊の公演を見たあと、江陵の中央市場に向かいました。

市場に向かう途中の川沿にはライラックや水仙など様々な花が咲き誇り、土手に小さな畑を作っている人たちもいる。陽の光がまぶしくて目を細めて歩いていると、身長より少し高い木に登って、何かを収穫をしているご夫婦がいました。楽しそうに会話をしながら、何を収穫しているのだろう。

市場に到着すると、春の野菜がたっぷりと並んでいました。韓国ではトゥルプと呼ばれるタラの芽が旬。日本でスーパーに並ぶタラの芽は、小さなパックにほんの少しの量だけれど、韓国の市場で売られるトルゥプはダイナミック。黄色い紐で美しく結われたトゥルプ。「これひと束ください!」と買い物ができる日が来たら楽しいな。そんなことを妄想しながら、トゥルプの形をよくよく見てみると、土手で何かを収穫していたご夫妻が手にしていたものとは、葉の形がどうも違う。タラの芽に似た山菜を検索してみると、「コシアブラ」という山菜が出てきました。収穫されていたのは、葉っぱの形からするとたぶん、これだ。

コシアブラはタラの芽やウドと同じウコギ科の木の芽の部分を食する山菜。名前の由来は、その昔、この木の樹脂(あぶら)を絞って、濾したものを漆のように塗料として使われていたから「コシアブラ」というのだそうです。コシアブラもタラの芽と同じように、旬の時期が約10日間。日持ちしないため、季節の味覚を感じさせてくれる貴重な山菜。味は、タラの芽の味と似ているけれど、茎にはぬめりがあり、コシアブラの方が苦味・香りともに強くアクがあるため、天ぷらや素揚げで食べるのに向いている。アクを抜いておひたしや和え物、パスタ、山菜ご飯などにしてもおいしいらしい。

トゥルプは韓国の酢味噌チョジャンにつけて食べている姿をよく見るけれど、先ほどのご夫婦は採れたてのコシアブラをどんな風に楽しむのだろう。1年に10日ほどしかない旬の味覚を仲良く収穫して、夕飯に焼酎と山菜。豊かな生活ってこういうことだよねと、春の野菜の香りを吸い込む。

1ヶ月半の間、毎週末のワークショップで使用する食材を買いにダソムが通った市場。行きつけのお店で、韓国でよく飲まれる穀物を乾燥させ粉末にした飲み物ミスカルを頼む。ワークショップ最後の日ということで、ミスカルの粉をたくさんプレゼントしてくれた。黒胡麻のたっぷり入ったミスカル。どろっとした液体をぐっぐっと飲むこむ度に、体が元気になっていく。


「있는 없는(インヌン オンヌン)」という名前のついたワークショップ。「いる いない」を意味する있는 없는(インヌン オンヌン)。いるかもしれないし、いないかもしれない。いないかもしれないし、いるかもしれない存在である도깨비(トッケビ)=鬼をテーマに、文献にあたり、도깨비(トッケビ)がどんな時間に活動し、どんなものを食べていたか。ワークショップに参加する人たちは自分が도깨비(トッケビ)になったつもりで食事を楽しみ、いるかもしれない、いないかもしれない存在について考える。そんな時間を過ごすワークショップでした。
参加者の方々と話をしていて面白かったのは、韓国の鬼は日本の鬼のようにみんなが共通にイメージする決まったビジュアルがないのだということ。鬼は悪いことをして懲らしめられるだけの存在ではなく、いたずらが好きで、時には人を助けてくれたりもする。魔法のような能力を持ち、バット(これはきっと日本の鬼が持っている金棒に近いのかも)を使ってものを作りだしたり、天候を変化させたりするのだということ。伝説では、廃墟や深い山奥、霧のかかった野原に登場する場面が多いのだとか。そして活動する時間は夕方、日が落ちた後。

도깨비(トッケビ)はお酒が好き。マッコリなどの伝統酒を飲み、楽しそうに遊んでいる姿が伝説によく登場する。餅が好きで、脂っこい肉も好き。小豆のお粥が好きだという説もある一方、地域によっては鬼が小豆を怖がるという説もあるそうで、この部分は日本の豆まきに近い。伝説の中でも、鬼の存在が似ていたり、似ていなかったりする部分があることを面白く感じながら話を聞いていました。



ワークショップの間中、おいしい食べ物が次々と出てきて、먹깨비(モッケビ)=食いしん坊の鬼になったような気分だったのだけれど、中でも唸ったのは、鬼が好きな餅の代わりに登場した蕎麦でできたムク。トトリムクと呼ばれるどんぐりの澱粉を煮固めた料理の蕎麦粉バーション。江陵はそばが有名なので、どんぐりの粉の代わりにそば粉を使ったのだそう。香ばしい蕎麦の香りと食感にエゴマの油の香り。江陵のアートフェスティバルのお手伝いをしている地元のお母さんたちのとっておきのキムチと海苔が調味料になって、たんぱくな蕎麦に複雑な味を加えている。なくなってしまうのが寂しくなる一品でした。

トゥルプに並ぶ韓国の春の恵み、쑥(スッ)と呼ばれるつみたてのヨモギと小豆のごはんが炊き立てで出てきました。湯気のたつごはんにバターを落とし、溶かしながら食べる。よもぎの柔らかい食感と香りに、バターのコクが加わって、この季節、ここでしか食べられない特別な一品は、メインディッシュのようでした。大きめに切ったバターがほかほかのご飯に溶けてなくなるけれど、口に入れると、確かにバターの旨みを感じるヨモギのごはんは、まさに「있는 없는(インヌン オンヌン)」。いるようでいない、いないようでいる。まさにいたずら好きの도깨비(トッケビ)のようでした。

目から舌から春を感じた江陵への旅。江陵名物のじゃがいも料理を食べに、また違う季節に訪れたいと思います。
今週も一週間おつかれさまでした。よい週末をお過ごしください。

