たいしたことをしない時間。
何かたいしたことをしなくても、そこに自分がいるだけで元気になる場所。わたしにとって韓国はそんな国です。
イベントの仕事で久しぶりにソウルを訪れ、美術館に荷物をピックアップしに行ったあと、帰国の便が出発するまでの数時間は何をしても良い自由な時間だったので久しぶりにゆっくりただただ好きなことをして過ごしました。

美術館の近くにあるスコーンのお店「スコフ」でアールグレーの茶葉がたっぷり入ったスコーンをかじり、大きなグラスのアア(アイスアメリカーノを韓国では「アア」と呼びます)を頼み、ガラスの前にならぶ焼き菓子やスコーン越しにプアムドンを行き来する人たちをのんびり眺める。この後に会う友人のお土産にドライトマトの入ったスコーンを買って、バスに乗る。タクシーならばトンネルをくぐり、西村に向かうルートになるのだけれど、バスは山の上から正面に見える南山タワーを眺めながら青瓦台、景福宮のまわりをぐるっと回りながら山を降りていく。目的地は同じでも、移動の手段とルートが違うと街が少し違ってみえる。



しばらくソウルに行けなかった間に出版され、気になっていた本たちを買いに、光化門にある教保文庫に行き、お目当ての本を探す。ロンドンベーグルミュージアムというベーグルのお店を立ち上げたリョウさんの書籍『료의 생각 없는 생각 PHILOSOPHY Ryo』(リョウの考えのない考え)。ハイウェストコーヒー、カフェレイアード、そしてロンドンベーグルミュージアムをたちあげるきっかけになったロンドンにあるカフェの話は、リョウさんが出演していたYouTubeで予習ずみだったのだけれど、本をパラパラめくっていくと「マンモスコーヒー」と書かれた看板の写真が掲載されていた。もちろん本を買うつもりで手にとってはいたのだけれど、そのエピソードが気になって、17ページに書かれた文章をその場で一気読みしてしまった。マンモスコーヒーでただドリップコーヒーを頼んだことが、ファッションの仕事だけを生業にしてきたリョウさんの人生を変えた。大きな本屋の一角で、マンモスコーヒーがなぜそんなによかったのか、初めて店に出会った時の感情をなぞりながらリョウさんが書かれた文章に没入してしまった。

次に探す本は、俳優パク・ジョンミンが立ち上げた出版社「無題」から出版された「첫 여름, 완주(チョッ ヨルム ワンジュ)」。表紙のイラストはYouTubeやSNSで何度も見ていたから、すぐに探しあてることができた。というより、ベストセラーの小説として、よい場所に平積みになっていたので、探すまでもなく手に取ることができた。もともと目が悪かったパク・ジョンミンのお父さんが、あることをきっかけに視力をほぼ失ってしまった。出版社を立ち上げ、新たに本を作ってもお父さんに見てもらうことができない。では、どうやってお父さんに本を届けるか。
世の中にはオーディオブックというものがあるけれど、自分が作るのであれば、俳優だから演じることは朝飯前。より新しい形の「聴く小説」を作ることができるかもしれない。そして、セリフの多い小説を書いて欲しいとベストセラー作家のキム・グミに依頼をすると、気持ちよく承諾をしてくれ、本作りが始まった。
視覚に障害のある方たちがその小説を一番最初に楽しめるように、オーディオブックを先行発売したあと、書籍を発売するという形をとった。オーディオブックの中で登場人物を演じる人々は、パクジョンミンが数々の映画で共演をしてきた本業が「俳優」の人たち。
新しい形で発売されたオーディオブック、そして書籍は国内でベストセラーにランクインした。

こんな本を作りました。こんなきっかけでこんなプロジェクトを始めました。俳優業をちょっとお休みして、出版社の仕事に専念する1年にしますと宣言したYouTubeが話題になり「パク・ジョンミン、俳優引退か」などと騒がれたりしながら、本の宣伝も、公開になる映画の宣伝も全てに全力投球(しかも、面白く)している姿を見ながら、早く小説を手にしたいなとそわそわしていたのだけれど、ついに手にいれることができた。
昔のビデオテープのイメージでデザインをしてもらったという装丁も、懐かしい感じがしてかわいい。スライドで本を取り出す時に、TSUTAYAで見たかった映画を借りてきた時のワクワクを思い出した。
小説と台本がミックスされたような文字を追っていると、音声はないはずなのに、オーディオブックに参加した俳優さんたちの声が脳内で再生される。ちょっと不思議で、新しい小説体験だ。
最後に、パク・ジョンミンが「なんでネットフリックスを見るの?ソン・ヘナの本を見ればいいのに」と帯の言葉を寄せていた小説家ソン・ヘナの「혼모노(ホンモノ)」も購入して大満足。
まだまだ何時間でもここにいることができてしまうけれど、そろそろ友達と約束しているカフェに移動しないといけない。



スコフでスコーンを食べ、買いたかった本を手にして、友達と短い時間だけれどおゃべりをする。たいしたことではないかもしれないけれど、自分にとっては代えがたい穏やかなたいした時間。
こうやって元気をチャージして、また日本での日常に戻る。帰国しても、読みたかった本を読む楽しみも待っている。아싸(アッサー)!やったー!

8月最後の週末。もう今年もあと残り4ヶ月なんですね。暑さはなかなか和らぎませんが、楽しい土日をお過ごしいただけますように。今週も1週間、おつかれさまでした!