春の匂い。

友人ダソムが、今年の3月14日から4月20日まで作家として展示とワークショップの形で参加をしている第3回江陵国際アートフェスティバル。準備の段階からたくさん話を聞いていたこともあり、ワークショップに参加もしつつ、最終日の片付けも手伝えたらと江陵に来ています。

新鮮な感覚で場所とイベントを感じられるように、シェアされていたInstagramの投稿もあえてあまり見ないようにして、江陵についても詳しく調べない状態でここにやってきました。

以前、ソウルでワークショップを行った時にダソムが気に入っていた、紙の器WASARA。オープニングのイベントと週末の度に行われるワークショップで使いたいという連絡をもらって、大量に日本から送ったWASARAがワークショップでどんな風に登場するかも楽しみです。

夜遅い時間にソウルに到着して、短い時間滞在をしたホテルはタバコの匂いが強く、窓を開けるとすぐ近くのビルのノレパン(カラオケボックス)から陽気な歌が聞こえてくる。急に予約をしたから仕方がないとイヤホンをつけて布団を被り、映画が終わる前に飛行機が着陸するタイミングになってしまった『ベテラン2』をスマホで眺めながら、そのまま寝入ってしまっていました。

体内時計はどの場所に行っても変わらず、朝5時にはぱちっと目が覚め、シャワーを浴びてホテルを出る。清涼里駅までは電車で向かうよりも、直線距離で移動のできるタクシーの方が良さそうです。空き空きの道、10分ほどで清涼里駅に到着しました。

江陵まではKTXで1時間半ほど。朝食には何を買おうか、キンパとトーストで楽しく悩む。コーヒーも飲みたいけれど、今朝はごはんが食べたい。不思議な組み合わせにはなるけれど、温かいアメリカーノとキンパを買って電車に乗り込みます。

江原道の東部へ向かう列車は山の中を走るからか、天気がくるくると変わる。鉄橋に陽がさしたと思ったら、山の間を早いスピードで雲が左から右に流れていく。今年は桜の季節に韓国を訪れることができなかったと少し残念に思っていたら、山肌にはピンクや白のかたまりがところどころに見えます。

清涼里から江陵までの停車駅は西原州駅と珍富(五臺山)駅のふたつ。珍富駅に到着し、ずいぶんと静かな駅にKTXが停車するんだなと駅名板を見るとオリンピックの文字が見え、数年前ここが平昌オリンピックの舞台だったことを知る。

ワークショップの開始時間は夕方6時。朝早く移動することにしたのは、東海を眺めたかったのと、初めて訪れる街を気の向くままに少し長めに歩きたかったから。

江陵駅に到着し、ネイバーマップを開く。タクシーなら15分〜20分ほどの距離だけれど、川沿いをひたすら歩くと海の近くまで行くことができるようです。時間もたっぷりあるので、行けるところまで歩いて疲れたらバスかタクシーに乗ればいいやと歩き始めました。

川に近い場所で、ふんわりといい香りが漂ってくる。目線をあげると紫色のライラックが咲いている。春の短い期間だけれど、花屋さんに並んでいるのを見るのと嬉しくなるライラック。くんくんと花の匂いをかいでいたら、IUの「LILAC」のメロディが頭に浮かんできました。花の香りはこんなに爽やかで甘いのに、軽やかで明るいリズムで「花びらのようなさよなら」と別れを告げる歌だったんだよな。歌の中の主人公は、シックにバイバイと手をふって振り向かずに歩いていく、しなやかな女性のイメージ。

道の向かい側では、薄いピンク色のライラックが太陽の方を向いて咲いていました。

イヤホンをつけ、軽やかに歩幅が大きくなるような曲を選んで再び歩き始めます。

1時間ほど川沿いを歩いていくと分岐があって、海に向かうためには車の多い大通りに出なければいけないタイミングがやってきました。

いろんな種類の花が満開の川沿いを歩いているととても気分がよかったことに、後ろ髪をひかれつつ、左折。思ったより車の少ない大通りを歩いていると、今度は白いライラックに出会いました。

爽やかに甘い花の匂いをかいだら、気分がまたよくなって、あと少し海まで歩く力が湧いてくる。

歩き始めて1時間と少し。人とすれ違うことはあまりなかったのだけれど、SEVENTEEN「Holiday」がかかったところで、右手の道から若者4人が登場しました。地図を確認すると、アンモクの海岸はもうすぐのようです。

若者たちのいく先は海かと思いきや、駐車場の広い飲食店に吸い込まれていく。江陵に来たらぜひ食べたいと思っていた蕎麦粉を使った冷たい麺の「マッククス」とジャガイモのすいとん「オンシム」を食べられるお店のようです。

長く歩いたのでしっかりお腹も減っている。江陵の街中に戻る前に、ここでマッククスを食べるのも悪くなさそうです。

建物の間から抜けてくる風が強くなって、すぐそばに海があることを知る。潮の匂いは流れてこなかったけれど、目の前に青緑色がどんと広がりました。

波際まで歩いて、イヤホンをケースにしまう。砂浜に腰掛けて、波の音と波にさらわれる砂の音を交互に聞きながら、日差しを頭と肩で感じていたら少し眠くなってきた。

海岸をゆっくり歩いていたらお腹がぐーと鳴ったので、マッククスの店に戻ることにしました。

テーブルにあるパッドで注文をし、決済までできるシステムの店。メニューの写真を次へ次へと送る。江原道名物のジャガイモのジョンにも心惹かれるけれど、マッククスはたっぷりな量。ジョンを断念をして、マッククスの選択に集中します。牛肉とヤンニョムがのったもの、冷たいスープに浸かったマッククス。あれこれと迷いつつ、ファーストマッククスは一番シンプルなものが良さそうだと、エゴマの油で麺を和えたトゥルギルムのマッククスとビールを注文することにしました。

サービスでついてくるキムチ、ナムルとムチムの乗った麦飯が先にテーブルの上に置かれます。ナムルを少しだけ口に放り込むと、しょっぱくなく、ちょうどいい味付け。これは、マッククスも期待できそうです。

刻み海苔がどっさり乗ったマッククス。さっと写真を撮って、チョッカラで麺を上にひっぱると、エゴマのいい香りがしました。まずは一口、海苔を絡めて麺をすする。

ディンドンデーン。성공(ソンゴン)!おいしい店レーダー、成功です。一番シンプルなメニューを選んだのも正解。そばの味と食感をしっかり感じることができるシンプルなトゥルギルムのマッククスは、麺を噛み締めるたびに幸せが訪れる。ごまのかかったゆで卵を半分かじって、また麺をすする。黄身の甘さとそばの甘味。エゴマ油と海苔の香ばしい香り。やっぱり성공(ソンゴン)!

器の底が見えてきて、あと一口で麺が終わってしまうのが寂しくなる旨さでした。朝から歩いてきた長い道のりも、程よい調味料になってくれたようです。

海沿いに戻り、カフェが並ぶ通りの中で比較的ひとの少ない店を選んで、席に座る。温かいアメリカーノを飲みながらパソコンを開いて作業をしていると、ダソムから連絡が入りました。

「3時から舞踊の公演があるから一緒に観ましょう!」

時計の針は午後1時半を指している。タクシーで街中に戻り、ホテルにチェックインをしてから劇場に向ったら、ちょうど良い時間になりそうだ。

朝からよく歩いた日。歩いたおかげで出会った匂いと味を反芻しながらタクシーに乗り込みました。

行き先を告げると、いい声で「では出発します」と返してくれた運転手さんの車は、走り出すとなんだかいい香りがしました。足元を見ると、右手のドアのポケットに小さな芳香剤がポンと置かれている。

心地よい速度で走る車。少し空いた窓から風が抜けるたびに車内をくるくる回るのは、春の匂いでした。

こいけはなえの気になるもの。

(毎週土曜日更新)
マネージメントを中心に料理家と一緒にand recipeという会社をやってます。とにかく旅が好き。

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