ここから。
こんにちわー。ムトーです。
春ですね。ちょっと肌寒い。
「小春日和」という言葉ありますよね。ちょっと暖かい天気のいい春の日、というイメージあるかもしれませんが、小春日和は春の言葉ではないんですよね。11月から12月上旬の春のように暖かい日のことを言います。言います、と偉そうに書いたけれど、ほんの数年前に正しい意味を知って驚いた言葉です。
そんな(どんな?)春の日に、ここ最近であったことや思ったことを脈略なく羅列してみます。
思い出の水炊き
長男の中学の卒業式の日。式は午前中に終わり、次男が小学校から帰宅するのを待って、帰ってくるやいなや妻と3人で車に乗り、仲の良い友人たちとファミレスで卒業ランチを楽しんでいる長男をピックアップして一路福岡へ。
4月から長男は高校、次男は中学にそれぞれ進学するので、3月中にどこか旅行に行こう、という話になって。僕は出雲大社に行きたい、と提案したのですが、家族に却下され。長男の希望で福岡1泊2日の旅になりました。福岡はなんだかいつも1人でいっているから僕個人としてはテンションが上がらないんだけれど。まあ、家族に付き合うか、と。
せっかくなのでテンション上げて楽しんでみようと思いまして。
博多の水炊き食べたことあります?
19年前に福岡であった音楽フェスに一緒に参加した山口フォトと小池はなえさんたちといっしょに行った水炊きのお店。確か、小池さんが予約してくれていた記憶。
その時の水炊きのまあ美味しかったこと。衝撃。知ってる水炊きと全然違って。こんなに博多水炊きってうまいのかと。
ただ、あの美味しさを知らない人たちに「水炊きを食べよう!」と提案してもなかなか乗ってくれなくて僕自身もなかなか水炊きリピートできないんです。あの数年後に1回、行ったっきり、十数年ぶりに思い出の水炊き屋さん「博多味処水炊き いろは 本店」へ。
家族もそんなに美味しいなら、とやっと僕の提案を受け入れてくれて。

あー。美味しかった!!お店の中が新しくなってたけど、味は思い出のまま。
子どもたちはきっと焼き肉とか焼き鳥とかお寿司のほうがよかったのかもしれないけれど、それなりに楽しんでくれたようでよかった。
19年前、教えてもらっていなかったら、まだ水炊きに出会っていなかったかもしれないなあ。
その次の日、妻が行きたがっていた人気のパン屋さんにモーニングを食べるために朝から並ぶ。僕は知らなかったけれど、とんでもなく人気のお店らしく。「Dacomecca」。
東京にも姉妹店があるみたいですね。

7時オープンで6時半くらいにお店に到着したらすでに20人くらい並んでいて。その後、どんどん行列が延びていきました。
オープンの時間になり、お店に入ると、もう、かっこいい。かっこ良すぎる。パンも全部おいしそうで迷う。数量限定のモーニングにもありつけて。早起きしてよかった。

その日、ファッションに目覚めた長男が祖父母や親戚からいただいた高校入学祝いを握りしめ、向かったのは、福岡のコム・デ・ギャルソン。これまで僕の若い頃のお下がりを着ていて、その魅力に引き込まれ始めたらしく、ついに自分でシャツを購入。服は、好きにやってくれたらいい。自分でお小遣いやらをやりくりしてさ。
お金持ちのこと
たまに思うことがあって。もしかしたら答えは簡単なのかもしれないけれど、深く考えないからずっと疑問のままなことがあって。
プロ野球選手の年俸って今はスタープレーヤーは5億円とかもらっていたり、もう億超えプレイヤーってたくさんいますよね。きっと。
落合博満さんが初の1億円プレイヤーになったのが話題になったのを記憶しています。
ということはその前の時代の大スターは1億円未満だったということですよね。
今調べたら、1970年頃に長島茂雄さんは初の3,000万円プレイヤーになり、世界のホームラン王 王貞治さんは最高年俸が8,800万円になったそうです。
40年前の8,800万円が、現代の価値にするといくらになるのか、というようなのはまあよく話題になったりしますね。きっと10億円くらいだ、という考察を見ました(ネットで)。
あ、何が言いたいかというと、昔100円で家が建った、という時代があったとします。その当時の100円がそのまま100円札として僕の実家から発見されたとしても、それは現代の100円の価値しかないですよね(紙幣自体のプレミアは無視して)。
40年前の野球選手が年に8,000万円稼いでそのまま使わずに持っていても8,000万円でしかなくて、10億円にはならないですよね。
つまり、40年前に大金持ちだった人が、40年後の現在も大金持ちであるためには、お金をただ使わずに持っているだけではダメだった、ということですよね。昔からのお金持ちは、資産をいつの時代も動かし続けて、その時代に価値のあるお金を生み出している、ってことか。
たとえば、どういうこと??(これ以上が僕には無理)
ここから
僕の出身地、大分県豊後大野市は酒蔵がいくつかあって、酒蔵巡りのイベントが毎年この時期に開催されます。
僕はこのイベントの草創期からずっと関わってきて、15回目の開催となった今回もある酒蔵のお手伝いをしたのです。

スタッフとして会場を動き回っていたら、ポンポンと肩を叩かれて振り返ると、10年以上前に1年だけ出向先で一緒に働いたAさんでした。同じ出向組で、僕は年下だったのでとてもお世話になった方で、時々連絡を取っていたのだけれど、ここ1、2年全くやりとりしていなくて。
「おお!来てくれたんですか。お久しぶりです!」
と僕が言うとAさんはうつむいて
「ムトーさんにこれを返しに来たんです。この会場にきっといると思って。」
と、紙袋を僕に差し出しました。
袋の中をちらっと覗くと、見覚えのある小箱。
この酒蔵巡りの会場のひとつとなっている、この酒蔵の焼酎の化粧箱。僕の1年後に出向先から離れたAさんに、それまでのお礼として贈ったものだ。
「なんでですか?」
と僕が訊くと
「治らない病気になってしまって。医者から酒を飲むな、と言われて。熟成させて、いつか、いただこうと思っていたんですけど、もう、飲むことができなくなったんで。ムトーさんにお返ししないと、と思って。」
とAさん。
その焼酎は、熟成させるとどんどん美味しくなる焼酎で、瓶に製造年が押されているので、大切な人の記念の年に贈るのにちょうどよくて、いつも僕は贈り物にしている。退職祝いとか。
Aさんに贈ったのは2014年。
もう12年も経ったのか。そして、12年未開封で大事に保管してくれていたんだ。
「Aさん、これ、僕、受取りたくないです。いつか一緒に飲みましょう。飲ませてください。」
そう言った。
「いや、もう、飲めないから、自分が持っててももったいない。」
Aさんは本当に僕に返しに来たんだな、とわかった。
「飲めますよ。治ります。10年後、飲みましょう。一緒に空けましょう。だから、病気治してください。22年熟成。きっと美味しくなってますね。」
そう言って、Aさんに紙袋を戻した。
そんな春。寂しいのはいやだよ。
妄想旅行社 ムトーツアーズ 代表 ムトー