ヒグマより恐ろしいもの
僕はヒグマを信じることにしました。
信じてほしいとヒグマに頼まれた訳でも、誰かに勧められた訳でもないけれど、信じることにしました。
今年は札幌近郊でヒグマの目撃情報が急増。目撃情報とういのが曲者で、一過性の流行のように、火がつくことがあり、本当に増えているのか分かりにくいことがあります。
雪男しかり、UFOしかり。ひとは見たいものを見ます。あるいは、それまでも目撃していたけれど、報告していなかった人が良かれと思って報告することも。
なので、本当に増えていると断定するのが難しいわけです。ところが、日本列島大縦走のスタート前に札幌で聞いてみると「増えてるね」と、みなさんが口を揃えます。
どうやら増えているらしい。それまで、大したことないだろうと楽観視していたのが先行き不安に。そんな気持ちで知床をスタートしたら、初日からヒグマに遭遇しました。
舗装路沿いの木立が揺れていました。
僕の心も揺れました。木の上にはヒグマ。食事でもしているのか、枝がしきりにたわみます。距離は7~8m。その木の横を通らなくてはいけません。
しばらく様子をうかがってみたものの、ヒグマは僕にも、行き交う車にも無関心。無害だとわかっているからでしょうか。
「通りますよ」と小さな声で断りを入れて、そそくさと通り過ぎました。その1時間後には、アスファルトの上にヒグマの足跡を発見し、これは先が思いやられると頭を抱えそうになりました。
ばったり遭遇して襲われるんじゃなかろうか。何日かはいささか不安でしたが、山の中に入っているうちに考えが変わりました。山は静かなものでした。
彼らの方が大きく、力が強く、鋭い爪と歯を持っています。しかし、野生で暮らすとなると、無駄な衝突は極力避けるはず。あえて襲ってくることもないでしょう。
出会い頭でパニックを起こさない限りは、お互い衝突を避けられます。お互いに用心していれば、その可能性はかなり低くできます。
だから彼らを信じることにしました。信じたのは、野生の本能と彼らの知性です。
そのためにできることはしました。熊鈴だけでなく、奇声をあげたり、手を叩いたり、音楽を鳴らしたり、こちらの存在をアピールすることに余念はありません。
努力の甲斐もあってか、無事に北海道は縦走できました。
想像力は時に、必要以上に恐怖心を駆り立てます。だから、仮想敵を無駄につくって疲弊しないように、何を恐れるべきなのか、見定める必要があります。
歩道のない峠道を走っていると、車が幅寄せしてくることもありました。あえて、無駄な衝突を起こそうとする行為です。そんな時は、ヒグマの方が賢いのかもなあと考えてしまうのでした。
本当にこわいのは人間の悪意。これはお非常におそろしいので、注意深く見定めたいものです。
日々の様子はこちら!
それではまた。