短くも長い旅

旅が思い出として鮮やかなものになるか否かは、費やした期間や距離ではなく、密度に左右される。そう考えると、週末の旅はとても鮮明だった。

旅の舞台は広島・江田島市。瀬戸内に浮かぶ島で行われる100マイルレース「クマン100」を駆け抜ける。初めて足を踏み入れる場所だが、やることは普段通り。自分の足で走り、汗と泥にまみれる。以上だ。

広島港からフェリーで現地へ。海岸線からすぐに立ち上がっているクマン岳を走る。

いつもとちょっと違うのは、1周20kmのコースを8回たどること。同じ場所をぐるぐるするだけ。当然のことながらコースは変わらない。

だからといって、そんなの退屈じゃないか?という心配は無用。周回ごとに変化がある。走っている自分自身だ。

楽しい、つらい、気持ちいい、退屈だーー。ジェットコースターのように乱高下する感情。景色が変わらないからこそ、意識の変容を見つめる旅になる。

小雨に体を湿らせつつ、午前9時にレース開始。スケジュールをきっちり決めるよりも、余白のある旅がいい。ということで、ペースを決めずに成り行き任せ。顔見知りのランナーとおしゃべりしながら走る、走る。

最初の周回は楽しいばかり。山を軽快に、海辺は風が気持ちいい。けっこう行けるかも。その次も、あれ?これで4分の1が終了だ。まだまだ余裕があった。

序盤はみんな楽しげ。

折り返しの80kmくらいで、コースがキツくなってくる。同じルートのはずなのに、おかしい。さっきまでと同じように進めない。

11時間が過ぎ、あたりはもう真っ暗なのを差し引いても、ペースが上がらない。

薄々勘づいてはいたが、ここまでがオーバーペースだった。もっとも、気付いてながらも、対処はせず。こうなった時に自分がどう対応できるのだろうかと考え、興味本位でペースをそのままにしていたのだ。困った好奇心である。

失った体力は走りながら劇的に回復するわけもない。脚が重い。ちょっと苦しいかも。こうなってからがお楽しみタイムの始まりだ。どうやって面白おかしく乗り切ろうかと、あれこれ考える。体力的にキツいのは確かでも、どうせ走り続けるのだから、楽しい方がいい。

使う筋肉を変えてみたり、歩幅や腕の振りを変えてみたり。遠くに見える広島市内の夜景を眺めて心を和ませ、サプリを飲んだら元気になると暗示をかけてみる。あの手この手を駆使して前に進む。

エイドステーションで、夜通しがんばるスタッフ。この支えがないと走りきれない。
おいしかったやつ。周回する楽しみはエイドで食べること。

夜明けを迎え、残り2周まで漕ぎ着ける頃には、遊び心も消え失せ、淡々と地面を蹴るだけに。忘我の境地。苦しいのか、楽しいのか。ふたつは、水と油ではなく、カフェオレのように溶け合っている。そんなよく分からないことを脳内で思い巡らせる。

気がつくと海岸線の自販機で缶コーヒーのボタンを押していた。いい感じに疲れている。甘い。しびれる甘さだ。

ネクタイを緩めて、缶コーヒーを喉に流し込む姿がフラッシュバック。会社員だった頃は、仕事終わりに飲んでいたものだ。きっと当時も疲れていたのだろう。缶コーヒーひとつで時を越えて、どうでもいいことを思い出していた。

最後の1周を前にして、スタッフから「ハッピーバースデートゥーユー」を歌ってもらう。この日が誕生日なのだ。歌い終わりには拍手でお祝い。大団円を迎えた感があるものの、まだ20km残っている。

祝福されたのに、完走できなかったらどうしよう。ここにきて、不安が生じる。そんな弱気になったせいか、最後の山で熱中症に。立ち止まって天を仰ぐ。あぁ、苦しい。ただ放心しているわけにもいかないので、だましだまし進む。

島々が見えると瀬戸内海っぽさが感じられる。

終盤の苦しみはスパイス。ぴりりと辛い。からいというか、つらいが、ゴールの喜びを大きくしてくれるはず。しんどい時こそ、気持ちは前向きに。

ゴールのゲートが見えてきた。スタート前は雨で濡れていたのが、今は青空。走り終わって全身は汗だく。ベタベタするが、気分は爽やか。苦しさも楽しむことができた。


よろよろと、ゲートの下をくぐる。テンションは上がる。短い旅が終わりを迎えた。走り出してから26時間が経過していた。0泊2日の旅とは思えない疲労感と充実感。果たして短いのか、長いのか。走ってみれば、分かるはず?

わかおかの山日記

(隔週水曜日更新)
山を走ったり、歩いたりするのが好きです。よく忘れ物をします。そんな日々を記すライターでランナーです。

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おしらせ

ゴビ砂漠を走るレース「GOBI MARCH」で、隔週水曜担当の若岡くんが優勝しました。世界チャンピオンおめでとう!苦しくも楽しそうな様子がページから見れます。