キリのいい結末

なんだか思い出さないといけないことがある。でも、なんだったのかが思い出せそうで思い出せない。山が霧に包まれているようなモヤモヤ。もどかしい気持ちになる。

今日がまさにそうだった。甘噛みならぬ、甘忘れ。忘れていることは覚えている。

朝から山を歩きながら、何か忘れ物をしてきた気分。一泊する予定なので、スタート直前にも荷物を確認するが、特に問題はなかった。

思い出すときは唐突に

しかし、モヤモヤは晴れない。思い当たる節を考えてみるが、仕事の請求書を出し忘れていたのを思い出しただけであった。

こうなると待つよりほかない。このモヤモヤ、霧と同じようなもので、ふわっと晴れて思い出せる時があるのだ。

楽しく縦走して日が落ちて来る頃には、モヤモヤの存在を半ば忘れかけていた。そんな時に、唐突に思い出すのだ。

その瞬間はいきなりやってくる。

そういえば、明日は山日記の掲載日だ。気づいてしまうと、拍子抜けしてしまうのだが、脳内を覆っていた霧がドラマチックに晴れ、視界良好、気分爽快になった。

仕事で行き詰まったり、人生の岐路に立った時に、人は山を訪ねる。悩みや葛藤というモヤモヤに、山が効果を発揮するのは広く知られている通りである。

自然と対峙し、自分と向き合うことで、虚飾が削ぎ落とされ、本質に迫ることができるからだ。転機でもなんでもない甘忘れにも効果があるとは思わなかった。

もっとも、思い出したからと言って、気分爽快、あぁよかったとはならない。なぜなら、まったく何も書いてなかったのだ。

なにせ、現在地は山の中である。ヘッドライトや寝袋はあれども、普段使っているパソコンはザックに入っていない。

履き慣れたシューズ

手元にあるのはスマホだけである。スマホで書けばいいのだが、日常でやってない作業である。なかなかに苦戦してしまう。

両手の指をダイナミックに使って文章を組み立てられないのだ。これは困る。

履き慣れたシューズだったら、どこまでも走れそうなのに、あまり履いてない真新しいものだと、どこかぎこちない。甘忘れとは違ったもどかしさである。

そんな心持ちで、液晶画面を時にはタップして、時にはスワイプして、自分を奮い立たせてここまで綴ってきた。使い慣れないこともあり、苦難の連続、長い道のりだった。その分、大きな山を登った時のような達成感がある。

実際に山を登りながら書いているわけですが、そろそろ今日の行程も終わり。どちらもクライマックスを迎えたということで、この記事もキリよく終わりましょう。

今週もおつかれ山でした。

わかおかの山日記

(隔週水曜日更新)
山を走ったり、歩いたりするのが好きです。よく忘れ物をします。そんな日々を記すライターでランナーです。

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