H-IIAで上がった衛星
ども、カルロスです。
地震、噴火、線状降水帯… もうどうなっちゃってるんですかね。って居酒屋のおじさんのような話は良いとして、H-IIシリーズで上がった衛星たちの続きです。どんどんいきます。
H-IIA
色々なところで語り尽くされていますが、H-IIAの誕生はH-II 8号機の話題に触れずには進めません。H-II 8号機は当時の次世代気象衛星MTSAT-1(運輸多目的衛星)を載せて、1999年11月15日に打上げられましたが、第一段のLE-7エンジンの不具合で指令破壊されました。指令破壊とは、コントロールできない状態で飛び続けるのは危険なので、安全な場所に落とすために地上からスイッチで破壊するということ。
その時、私はNASDA本社で別件打ち合わせ中で、中継モニターに映った “指令破壊”という文字と、フロア全体に広がっている暗い雰囲気をいまだに覚えています。
その後、深海に沈んだLE-7エンジンをJAMSTECが奇跡的に引き上げる(NHKのプロジェクトXにも取り上げられています)などありながら、H-IIAとして復活をします。
H-IIA F4 2002/12/14 ADEOS-II (地球観測プラットフォーム技術衛星2号「みどりII」)
ADEOSの復活、リベンジを目指しH-IIA 4号機で上がったADEOS-IIも、残念ながら翌年2003年10月に運用を断念という悲しい短命となります。
ADEOSが運用を止めてからも、関係者は復活を目指して動いていました。NASDAのGLI、環境省のILAS-II、NASA/JPLのSeaWinds、フランスCNESのPOLDER。関係するプロジェクトはざっと搭載センサの分だけ、日米仏の国際協力も含みます。
私が関わったのは先代OCTSの後継のGLI(可視赤外イメージング放射計)。海、陸、大気の広域観測を得意とするセンサで、私の役割はOCTSの時と同じく観測されたデータの確からしさの確認がメインでした。
印象的だったのは初画像。関東周辺や富士山のすっきり晴れた画像というのが、私の経験の中でも一般的でした。しかし、GLIは日本の東、太平洋上に広がる低気圧性の雲が初画像になりました。なんだ雲かぁと少しがっかりしていたところ、大気に関係する研究者のみなさんが綺麗な渦を巻く雲の画像に狂喜していて、なるほどなぁ… と思ったことが記憶に残っています。
そしてもう一つ、先代NSCATの後継SeaWinds(海上風観測装置)にも関わらせてもらいました。国際協力ミッションの面白いところは、共同チームが作られて定期的に会議をします。当時はオンラインなんてまだ無い時代。今回は日本が主催で京都で、次回はアメリカ側が主催でパサディナ(JPLがあるところ)でという感じでやるのですが、アメリカ側はパサディナは面白く無いから両者の真ん中のハワイでやろうということになり、参加人数は爆増w しかし、会議会場にはまばらという奇妙な状態に…
ところで、ADEOS-IIが運用を止めてすぐの会議もワイキキでやったのですが、アメリカ側のリーダーが不在の状態で始まりました。なんでも、予備であるSeaWinds(センサ)を載せた単独衛星を上げることを、米国政府と折衝してから来るということらしく.. ま、淡々とお葬式に近い会議を続けていたわけです。
そして、最終日にそのリーダーが飛び込んできて、予算を獲得した!載せるバス(衛星本体)も決まった!この会場にいる人たちがこのミッションを一番良く知っているメンバーだから、自分の組織のこととかはいったん置いておいて、次のミッションに向けてどうやるか今ここで議論して欲しい.. って、いや、こういう映画みたいなことやっちゃうんですよね。それから随分後に、映画Independence dayの大統領がスピーチする場面で、あーこれだと思いましたもんw
ということで、短命な衛星でしたがとてもとても良い経験をさせてくれた衛星と関係者の方々に感謝の気持ちでいっぱいです。
写真は筑波宇宙センターに展示されているH-II の試験機です。展示されているH-IIはここと、種子島宇宙センターにしかありません。
案の定、次回に続きます。
気になる音楽のコーナー
Kuliki / Locked Club
日本人DJ、¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$UのBoiler Roomの圧巻プレイから話題になっているKulikitaka。となるとめちゃくちゃ多くのMixが出ていてそのうちの一つです。原曲のラテンな雰囲気が残しつつも、歪んだベースラインが朝の一発目に最適です。
では、またまた。